『きのう何食べた?』がごく普通な生活の根底に込めるテーマ 一番大切な家族を思って

劇場版『きのう何食べた?』は家族をテーマに

 シロさんは、正月は実家に帰らないことにした。両親にその決断を伝える際、自分の言い方がきつくなることを母・久栄(梶芽衣子)に伝えた上で「ケンジがもし俺の嫁さんだったら、その嫁に正月夫の実家に来るなって伝える事がどんなにひどい事が分かるよね?」と口に出した。その静かな怒りは、ケンジへの思いからきているものだ。もちろん、シロさんは両親の心情も思いやる。彼らに無理矢理ケンジと仲良くやってほしいとは言わない。ここでのシロさんの緊張した面持ちから、ケンジや両親を大切にしているからこそ、最善の道を探すために思い悩んだことがうかがえる。

 そしてシロさんは、家族との関係を心配するケンジをまっすぐ見つめると、嘘偽りのない自分の思いを丁寧に言葉にした。


「俺にとって一番大切な人と正月を過ごしたい」

 その真剣な顔つきと実直な言葉に胸を打たれた人は多かったろう。

 本作は、大切な人とともに過ごす幸せな時間が描かれるだけではなく、大切な人と一緒にいるからこそ生じる不安や悩みも隠さず映し出すところが魅力的だ。生活や仕事、家族、大切な人のこと。日々を生きていると、それらに幸せを感じるばかりではない。悩んだり苦しんだりすることもある。シロさんとケンジの生活も、そういうごく普通な日々として描かれているから、私たちはこの物語を等身大で見ることができるし、エピソード一つ一つが心に響くのだと思う。

 映画終盤、シロさんの母・久栄はシロさんにこう伝えた。

「あなたはあなたの家族を一番大事にしてね」

 久栄を演じる梶の言い回しには、久栄がシロさんを大事に思う気持ちが込められていたし、その言葉を通じてケンジを思いやっているようにも感じた。そして、この台詞こそが、本作が一番伝えたかったことなのではないかと思う。

 劇場版の見どころは伝えきれないほどたくさんある。小日向さん(山本耕史)とジルベール(磯村勇斗)の馴れ初め話では、ジルベールがどれほど小日向さんを思っているかが伝わってきたし、佳代子さん(田中美佐子)の快活さは相変わらず見ていて気持ちがいい。エピソードや登場人物全てについて書ききれないのが悔やまれるが、とにもかくにも、一番大切な人を大事に思う気持ちが十二分に感じられる作品だった。

■公開情報
劇場版『きのう何食べた?』
全国東宝系にて公開中
原作:よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社『モーニング』連載中)
出演:西島秀俊、内野聖陽、山本耕史、磯村勇斗、マキタスポーツ、松村北斗(SixTONES)、田中美佐子(友情出演)、田山涼成、梶芽衣子
監督:中江和仁
脚本:安達奈緒子
チーフプロデューサー:阿部真士
プロデューサー:佐藤敦、瀬戸麻理子
主題歌:スピッツ「大好物」(ユニバーサルJ /ユニバーサル ミュージック)
配給:東宝
製作:劇場版「きのう何食べた?」製作委員会
(c)2021劇場版「きのう何食べた?」製作委員会 (c)よしながふみ/講談社
公式サイト:kinounanitabeta-movie.jp
公式Twitter:@tx_nanitabe
公式Instagram:@movie_nanitabe

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