『大豆田とわ子と三人の元夫』はどのようにして作られたのか? 佐野亜裕美Pが語り尽くす

佐野亜裕美Pが『まめ夫』を語り尽くす

オダギリジョーの出演は放送開始時点では決まっていなかった

――伊藤沙莉さんのナレーションはどういう経緯で決まったのですか?

佐野:『カルテット』の時に「わかりにくい」と言われたので、今回はわかりやすくしようという話し合いはありました。冒頭のダイジェストで全部展開を提示して、ナレーションで全部説明するという初稿を読んで、なるほどと思いました。

――不思議なナレーションですよね。状況の説明だけに収まらないですし。

佐野:最初のイメージは『ちびまる子ちゃん」のアニメに登場するキートン山田さんのナレーションです。とわ子は自分では心情を語らないしモノローグもないからツッコむ人がほしいというのはありましたね。コロナ禍に人が亡くなることについて描こうとはしたんですけれど、それをやるからこそ『ちびまる子ちゃん』みたいに、毎週楽しく観られるようにしたいという気持ちはありました。

――チーフ演出は『きのう何食べた?』(テレビ東京系)の中江和仁さんですよね。ふつうのテレビドラマとはだいぶルックが違うと感じたのですが。

佐野:今回はテレビドラマをやってきたスタッフはそんなにいなくて、監督だけではなく撮影部、照明部も、映画の経験が多い人たちだったんですよね。ただ、テレビドラマで完全に映画的なルックにしてしまうと遠すぎるので、いい塩梅を探って、Netflixで放送されている韓国のドラマと並んだ時に見劣りしないルックにしたいと話しました。

――今回、Netflixの配信で見返したのですが、違和感はなかったです。

佐野:Netflixで配信されている『スタートアップ:夢の扉』、『エミリー、パリへ行く』、Amazonプライム・ビデオで配信されている『マーベラス・ミセス・メイゼル』のような、明るく色彩がはっきりとしていて奥行きのある映像を目指しました。専門家ではないのでカメラやレンズについてはお任せでしたが、カメラテストは丁寧におこない、コダックのフィルムっぽい色調になるようにしてくれました。テレビドラマの撮影は「舞台みたいに片面を開いて何台ものカメラを置いてスイッチングで撮っていた時代」と比べると、だいぶ変わりましたが、それでもテーブルで相対する芝居をする時は、芝居が一回で済むように、二台のカメラで挟んで同時に撮るんですよね。でも『まめ夫』は一回も挟まないで片面方越しに撮るという、すごく大変な撮影でしたので、セットの柱を減らして同じ場所にカメラを置いて撮れるように工夫しました。間接照明をたくさん置いて時間をかけて映画のように片面ずつ撮っていけるように頑張ったのですが、芝居の回数が増えてしまうので、役者には相当な負担をかけてしまいましたね。

――劇伴も独特ですよね。他のドラマだと、恐いシーンで「恐い」音楽を流すし、泣かせる場面で「泣ける」音楽を流す。対して『まめ夫』は感情を誘発するような使い方はしていない。

佐野:感情を規定する音楽をつけなかったのは、そもそも感情にはグラデーションがあると思うからですね。喜怒哀楽で言うと「喜」だけの感情ってそんなになくて「喜び」の中に「悲しみ」が入り混じっているということもある。喜ばしいだけの描写でも、その受け取り方は視聴者に委ねたいので、強調する音楽はシーンが映った後でかけたりしたのですが、最近のドラマは泣けるシーンに入る前から泣ける音楽を流すじゃないですか。「勝手に誘導するな」って思うんですよ。

――「わたしの感情を勝手に決めるな」ってことですよね。

佐野:音楽の坂東祐大さんとの打ち合わせの時に「なんでコメディシーンにコメディっぽい音が流れるんですかね。それって笑えるんですかね?」と坂元さんから言われました。坂元さんは現場には一切口を出さない人ですし、普通は脚本家が音楽の打ち合わせに来ることはないのですが、今回は「リモートでいいので出てください」とお願いして、最初に参加してもらいました。どういうものを目指すのかという話を坂元さんから話してもらい「感情を規定しない」とか「とわ子はプリンセスなので、バックにシンデレラ城が見えるようなOPの曲を作ってほしい」といったオーダーを出していただきました。

――シナリオを読んだのですが、解釈の余地が広い脚本だと思うんですよね。演出する方は大変だったろうなぁと思いました。

佐野:本当にディレクター泣かせですよね。「ラブレターでもあると同時に挑戦状でもある」という。

――台詞もちょっとしたニュアンスで意味が変わってしまうので、役者も大変ですよね。

佐野:今回は相談されることが多かったですね。坂元さんとは私が一番話していたので、坂元さんと話した時のイメージを説明した上で「そこに囚われなくてもいいですよ」「そこは自由にやって大丈夫です」などと伝えました。私はずっと現場にいたので「それは違うんじゃないか」という場面では指摘して、手探りで作っていったという感じですかね。みんなそれぞれにキャラクターや仕上がる世界のことを考えて持ち寄った結果、「そこまでズレたものにはならなかったかなぁ」と思います。

――作っている人たちの考える『まめ夫』も、グラデーションがあったということですね。

佐野:でも、松(たか子)さんが一番わかっていたと思います。松さんにあてがきをして作っていたので。だから、松さんが迷うことはなかったと思います。松さんだけはいつも超然としていました。

――『カルテット』の時は、真紀さんが後半ああなると知らない状態で、松さんは演じていたそうですが。

佐野:誰も知らなかったんですよ。私も知らなかった。坂元さんも知らなかったんですよね。「シャワーを浴びてる時にパッと思いついちゃった」と言われて。

――辻褄が合っていたのが凄いですよね。今回は坂元さんがひらめいて、途中から違うものになるということはありましたか?

佐野:オダギリジョーさんが登場するかどうかは、わからなかったですね。

――小鳥遊大史はいなかった?

佐野:いなかったですね。かごめが死ぬところまでは決めていたんですけど、その後は何も決まってなくて。残り4話どうするかという打ち合わせの時に「後半、オダギリさんがいないと回らない」という話になり、「責任が重大すぎる」と思いながらオダギリさんにお願いしました。そしたら「スケジュールをなんとかします」と言っていただいて。

――坂元さんは俳優が決まれば、話が書けるという方なんですか?

佐野:ケースバイケースですけど、やっぱり役者の芝居が観たくて書いていると思うので、オダギリさんじゃなかったらああいう展開にはなってなかったと思います。もちろん、松さんでなかったらこういう話にはなってないですし。だからキャストはとても重要で、オダギリさんがいなかったら打ち切りだったかもしれません。

――いつ頃、言われたんですか?

佐野:オンエアが始まった頃じゃないですかね。「オダギリさんはきっとやってくれるはずです」と言って、4~5話は書いてもらいました。博打ですよね。決まらなかったら、土下座するしかない。

――小鳥遊ってすごく不思議なキャラクターですよね。善でも悪でもないというか、行動と考えが分裂しているというか。とわ子の人生観を変えるような哲学的なことを言うので良い人だって視聴者としては思ってたのですが、その後に出てくるのがアレだったから唖然として。

佐野:この世の中に悪いことをしてしまう人はいるけど悪い人はいないというのが、坂元さんの信条だと思っています。そこが色濃く出たのが小鳥遊だったのだと思います。

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