その歩みは香港アクション映画の歴史である アクション監督・谷垣健治の波乱万丈の足跡
かくして『フィスト・オブ・レジェンド』でアクションの裏方に興味を持った谷垣さんだったが、この直後に運命の出会いを果たす。若き日のドニー・イェンと知り合ったのだ。そして『ドラゴン 怒りの鉄拳』のTVドラマ版リメイク『精武門』(1995年)で一緒に働くことになる。谷垣さんは倉田アクションクラブ時代にドニーさんの存在を認知しており、物凄い人物がいると驚愕していたという。血気盛んなドニーさんの『精武門』への気合の入り方はハンパではなかった。ブルース・リーの熱烈なファンであるドニーさんは、『フィスト・オブ・レジェンド』にいろいろと思うところがあったらしく、『精武門』でアクション監督・主演・主題歌を務める八面六臂の大活躍を見せる。そしてブルースが憑依したかの如く怪鳥音を上げながら、ジェット以上に谷垣さんをブン殴った。当時の生々しい証言を引用する。
「アチャ~~ッ!!」「オチャ~~ッ!!」
完全に李小龍(※ブルース・リー)になりきっている子丹(※ドニーさん)を、誰も止めることはできない。彼は、実際に当てることで有名だ。しかも効くんだよ、これが。李連杰(リー・リンチェイ、後のジェット・リー)にやられてもまだ我慢できるが、子丹に蹴られた日にゃ、もう窒息しそうになる。――『香港電影 燃えよ!スタントマン』(1998年)より引用
過酷極まりない環境だったが、これを耐えきったことで谷垣さんはドニーさんの信頼をゲット。その後もドニーの映画に呼ばれるようになる。傑作『ドラゴン危機一発'97』(1997年)などに関わり、ここから輝かしい未来への道が拓かれるはず……だった。しかし不幸なことに、当時のアジア金融危機が谷垣さんとドニーさんを直撃。翌年の『ドニー・イェン COOL』(1998年)では資金がなくなり、今度は経済的な意味で過酷を極めた。曰く……
敵の衣装は全部ドニーの自前、弾着を使うお金はないので石を投げ、という自主映画状態に……。そうすると今までドニーにいい顔してたヤツらはみんないなくなっちゃって。もうソッコーで消えた。この世は人情紙風船。――『アクション映画バカ一代』(2013年)より引用
しかし、この撮影にずっとついてきたことが、ドニーさんの中で決定的だったのだろう。撮影が終わったある夜のこと、ドニーさんは飲んだあとに谷垣さんにこういった。「健治、お前は本当にいい兄弟だ。これからもオレについてきて助けてくれ」。この言葉の通り、その後はドニーさんあるところに谷垣さんあり、の状態になった。そして月日は流れ、長い長い苦労の末に、遂にドニーさんは『イップ・マン』シリーズ(2008年)で大ブレイク。「宇宙最強」の肩書で、今やハリウッド映画でも常連になっている。そして谷垣さんも『るろうに剣心』で一躍注目を集め、たちまち日本映画界の重要人物となった。
ジャッキーに憧れ、ジェットにシバかれ、ドニーさんと苦楽を共にした。こう書くと分かりやすいが、谷垣さんの歩みは、そのまんま香港アクション映画の歴史である。谷垣さんは日本人でありながら、香港映画の生き字引でもあるのだ。その香港映画的なマインドとテクニックを持って、しかし香港映画の真似ではなく、日本独自のものを作りたいと努力した結果、谷垣さんは日本のアクション映画に革命を起こした。しかし本人はまだまだ満足せず、さらに貪欲に進化しようとしているようだ。数々のインタビューで「るろ剣の人」と呼ばれることへの恐れを口にしているし、常に新しい環境に身を置くチャレンジャーでありたいと語っている。今の日本映画界での活躍も、まだ谷垣さんにとって過程にすぎないのだろう。次に谷垣さんがどんなアクションを作ってくれるのか? いち観客として、期待が募るばかりである。もちろん挑戦の過程でまたものすごい苦労をするだろうけれど、それについては織り込み済みのようだ。谷垣さんは自著の中でこう語っている。
今年はどこでやっているのだろう? 10年後はどこにいるのだろう? ま、生きて映画が撮れてりゃ御の字だ。こういう根無し草みたいな生き方をしていると、自由に映画に取り組める反面、どこへ行っても「よそ者」になる。中国や香港でやっていても「よそ者」だし、京都にいたって時代劇の作法を知らん「よそ者」。でも、これが今の自分には心地いい。誰とも慣れ合わずに攻めの姿勢でいられるから。――『アクション映画バカ一代』(2013年)より引用
・参考文献
『燃えよ!! スタントマン』
『アクション映画バカ一代』
『映画を進化させる職人たち 日本アクション映画新時代』
■公開情報
『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』
全国公開中
出演:ヘンリー・ゴールディング、安部春香、アンドリュー・小路、ウルスラ・コルベロ、サマラ・ウィーヴィング、平岳大、イコ・ウワイス
監督:ロベルト・シュヴェンケ
スタントコーディネーター・アクション監督:谷垣健治
エグゼクティブプロデユーサー:エリク・ハウサム
配給:東和ピクチャーズ
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