『イカゲーム』に『D.P.』も ドラマが映す、兵役・学歴重視など韓国社会の現実

人気ドラマが映す、韓国社会の問題点の数々

ひたむきに生きる、多様な人々を主役に描く

 キム・ドンヒも出演した『梨泰院クラス』では、前科者のパク・セロイ(パク・ソジュン)やチェ・スングォン(リュ・ギョンス)、ソシオパスの傾向があるチョ・イソ(キム・ダミ)や、トランスジェンダーの女性マ・ヒョニ(イ・ジュヨン)や、アフリカ・ギニア出身で「自分は韓国人」と明言するキム・トニー(クリス・ライアン)など、様々な立場のキャラクターがおり、彼らが差別と偏見を乗り越えていくことも1つのテーマとなっていた。

 ドンヒが演じたのはイソに片思いをする心優しい高校生だが、長家グループ会長の次男ながら、愛人の子であるためずっと肩身の狭い思いをしてきた。こうした家族の確執は、財閥などの富裕層を描く物語ではよくあること。ただ、長家グループ自体も、一代で財を築き上げた“新参”であり、経済・産業の分野だけでなく政治的発言力、影響力も大きい古参財閥に比べたら苦い思いをしてきた部分はあるだろう。

 また、イソの母が彼女に求めたのは「名門大学から大企業に就職、財閥出身の男性と結婚する」ことだった。現在の韓国ドラマでは、財閥御曹司と人生につまずいた女性といった類いのロマンスはもはや多くない。韓流ブームを再燃させた『愛の不時着』から、すでにそうではなかった。

 『椿の花咲く頃』の30代のシングルマザー、ドンベク(コン・ヒョジン)と、心優しいが、ちょっぴり冴えない田舎町の警察官ヨンシク(カン・ハヌル)の恋は最も対極的かもしれない。彼らが暮らすコミュニティでは、未婚のまま息子を育てるドンベクへの風当たりは強く、ドンベクもまたシングルマザーで働き詰めだった母(イ・ジョンウン)と、貧しさゆえに生き別れた過去があった。それでも、こうして毎日をひたむきに生きている女性や、限界ぎりぎりの中で暮らしている人々を主役に据えるからこそ韓国ドラマは奥行きが深い。

『イカゲーム』参加者と紙一重の者たち

 その限界ギリギリを超えてしまい、孤独な死を迎えた後の“最後の引っ越し”を描いたドラマが『ムーブ・トゥ・ヘブン:私は遺品整理士です』だ。主演は『愛の不時着』第五中隊の最年少兵士役で知られるタン・ジュンサン。彼が演じるアスペルガー症候群の主人公ハン・グルのこだわりの強さが大切なカギとなり、亡き父の教えに忠実な丁寧な遺品との向き合い方が見どころとなった。

 本来、身内が行う遺品整理を代行する業者は、瀬々敬久監督が手がけた岡田将生、榮倉奈々主演の日本映画『アントキノイノチ』(2011年)などでも描かれてきたが、今作で孤独な死を迎えるのは、たった1人で残業していた若い派遣社員や、老々介護の夫婦、認知症の独居老人など、日本でも度々ニュースで取り上げられる人々。加えて、1995年の三豊デパートの崩落事故や、海外との養子縁組という韓国ならではの問題にも言及していた。

 思えば、『マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜』でIUが演じたイ・ジアンや彼女の祖母は、彼らと同じ運命を辿ってもおかしくはなかった。ジアンは両親を亡くし、聴覚障害がある祖母を抱えながら、母が残した借金の返済に1人追われる派遣社員。イ・ソンギュン演じるおじさんと関わることがなければ、彼女はどうなっていただろう? もしも、『イカゲーム』のコン・ユが近づいてきたなら、彼女はどうしただろう?

 また、ハン・グルと次第に心を通わせていく叔父チョ・サング(イ・ジェフン)もDVを受けて育ち、多額の借金を返済するためには地下格闘技に参加せざるを得なかった。『Mine』の財閥の次男ハン・ジヨン(イ・ヒョヌク)が地下格闘技に大金を賭けて鬱憤を晴らしていたように、ここでも生身の人間がゲームのコマのように弄ばれている。

 表には見えてこない理不尽な暴力がはびこる社会と、そこで地を這いながらも毎日をサバイブする者たちの縮図がそこにあるからこそ、私たちは韓国ドラマに惹かれるのだ。

■配信情報
Netflixオリジナルシリーズ『イカゲーム』
Netflixにて全話独占配信
脚本・監督・演出:ファン・ドンヒョク
出演:イ・ジョンジェ、パク・ヘス、オ・ヨンス、ホ・ソンテ、ウィ・ハジュン、キム・ジュリョン、トリバティ・アヌファム、イ・ユミ

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