マルコムXとモハメド・アリの友情の行方 『ブラッド・ブラザーズ』が映し出す意外な真実
統一世界ヘビー級チャンピオンとして君臨したボクサー、モハメド・アリ。人権活動家、宗教家として活動し、道半ばで命を落としたマルコムX。双方とも世界に名を馳せる著名な存在であり、アフリカ系アメリカとして歴史に残る存在として知られている。
Netflixで配信されている『ブラッド・ブラザーズ:マルコムXとモハメド・アリ』は、ランディ・ロバーツ、ジョニー・スミスによる書籍『Blood Brothers』を基に、二人の関係に焦点を合わせた、アフリカ系の有識者や関係者たちの証言によって綴られるドキュメンタリー映画だ。ここでは、そんな本作の内容を、彼らが戦った理不尽な人種差別問題や、彼らの友情の行方とともに紹介していきたい。
1964年にモハメド・アリ(カシアス・クレイからのちに改名)は、ヘビー級世界チャンピオンに輝く。マルコムXとの出会いは、その2年ほど前。モハメド・アリの弟、ラーマン・アリは、マルコムXとの出会いについて、「まるで二人は兄弟のようだった」「私も兄も、彼が大好きだったよ」と語っている。
マルコムは、当時アメリカのイスラム教団体「ネーション・オブ・イスラム」で活動していた。アメリカのアフリカ系市民の多くはキリスト教を信仰していたが、マルコムはじめ、黒人差別に対して急進的な態度を取る人々のなかには、キリスト教を“奴隷主から押し付けられた宗教”だとみなし、それを理由にイスラム教に転向する者もいた。そんなマルコムの論理については、スパイク・リーによる伝記映画『マルコムX』(1992年)で詳しく描かれている。
政治活動家のコーネル・ウェスト博士は、当時のアメリカについて、「(白人の支配する)社会における黒人は常に脅かされる存在だった。しかし、マルコムとアリは違った」「彼らは20世紀の中で最も自由な黒人男性だった」と、感慨深げに述べている。
スポーツ記者に対して「期待に応える必要はない」などと豪語したり、自画自賛、不遜なパフォーマンスを続けたアリは、黒人の中ですら不快な思いをした者も少なくなかったというが、勝ち続け実績を積むことで、自分はただのビッグマウスではないということを、彼は世界に証明していくことになる。そんな彼の反骨の一因には、生まれながらの避けられぬ差別・偏見への怒りが存在してしていたと見られている。
一方、マルコムXもTV番組で、司会者に促されたとはいえ「白人は悪魔だ」と発言するなど、理不尽な差別への怒りを言葉にして放つ、過激なまでに舌鋒の鋭い人物だった。人種差別問題に厳しい言葉で立ち向かうマルコムの演説にアリが心酔し、二人が意気投合したというのは当然の流れだといえよう。しかし、比較的自由に活動ができるマルコムと比べ、アリはスポーツ選手といつ立場があり、破天荒な性格とはいっても限度があったことは事実だ。だから、アリは世界チャンピオンという地位を手に入れ、ネーション・オブ・イスラムに公に入信するまでは、マルコムとの関係を大っぴらにはできなかったという。
マルコムによる「白人は悪魔だ」発言は、『ムーンライト』でアカデミー作品賞などを獲得したバリー・ジェンキンス監督が、ジェイムズ・ボールドウィンの書籍を基に映画化した『ビール・ストリートの恋人たち』(2018年)の劇中でも発せられる言葉である。「白人は悪魔だ」という言葉は過激であり、ややもすると人種差別発言だと指摘されかねない。しかし、この発言には、長年にわたって黒人が白人から受けてきた被害が前提にあることを理解しなくてはならない。