実写なのにアニメ―ション? 『PUI PUI モルカー』から“ピクシレーション”を考える

『モルカー』からピクシレーションを考える

24コマの「映画っぽい動き」とは何なのか

 1秒間24コマの映像は、一般に「映画っぽい」映像だと感じられる。しかし、この24コマという数字は映像の品質で選ばれたのではなく、音との同期の問題や経済的な理由で選ばれたものである。

 そして、24コマの映像は我々が肉眼で見ている動きの全てを正確に記録しているとは言い難い。

 実写映画で撮影されたフィルムを眺めると、24分の1秒で撮られた連続しているそれらのコマは隙間なく、人物の動きを記録しているかのように見える。しかし、それは歩くなどのゆったりとした動きを撮影した時の話だ。全力で走っている人間を撮影すれば、コマとコマの間の動きが飛んでいるように見える。コマとコマの「間」に本来存在していたはずの動きが欠落している。

 マクラレンいわく、アニメーションとは「コマの間に横たわる見えない隙間を操作する芸術」だ。だが、実写映画にも「コマとコマの間に横たわる見えない隙間」は存在する。では、アニメーションと実写を分け隔てる定義とはなんだろうか。

 「アニメーション映画は実写とは異なる。なぜなら、実写映画はカメラの前で行われる運動を記録し、それをスクリーン上で再生するが、アニメーションにおいては、記録すべき運動は現実において存在しない」。アニメーション研究家の土居伸彰氏は『個人的なハーモニー』でそう記述する。(※13)

 実写映画を「記録性」に依拠して記述するのは、映画理論家アンドレ・バザンが提唱した理論に基づいている。実写は運動の記録で、アニメーションは運動の創造。これは、多くの人も概ね同意できる点なのだろうと思う。アニメーションには記録運動は現実に存在しないという点は筆者も同意する。だが、もう一方の実写は運動を記録するという点は、再考の余地があると思っている。1秒間24コマの撮影は本当に現実を記録しているのだろうか。

 近年、1秒間24コマ以上のフレーム数で撮影された作品が次々と登場している。『ホビット』のHFR(ハイ・フレーム・レート)版は1秒間48コマで上映され、より滑らかな映像を提供する。アン・リー監督の『ジェミニマン』はさら多く120コマだ。秒間のコマ数が多ければ多いほど、撮影された動きは正確に記録され、肉眼で見たものに近くなっているはずだ。しかし、それらの映像は「映画っぽくない」と評されることも多い。(※14)

 しかし、記録性という点ではコマ数が増えたほうが正確さは断然増すはずである。実写映画が記録性に依拠するのであれば、なぜ24コマ以上の動きは「映画っぽくない」のか。それは、我々が24コマに慣れすぎているからなのか、それとも別の理由があるのかはわからない。

 ただ一つ言えることは我々が実写映画だと思って普段見ているものは、肉眼で見る動きとは異なる動きだということだ。それは、正確な動きの記録ではなく、多くの人が「映画っぽい」と感じさせる、「創造された」動きなのだということだ。

 そもそも、運動を記録するとはどういうことなのだろうか。映像とは、どこまで分解しても静止画の連続である。どれだけコマ数が増えようとも、かならずコマとコマの間の隙間が生じる。一瞬の瞬間は写真として記録可能だったとしても、動きを正確に記録することなど本当にできるのだろうか。

 映画の動きはそもそも現実とは異なっているという点に注目する作家がいる。実験映画作家の太田曜は、24コマの映像が現実の記録なのだというのは、ある種の幻想なのだと語る。

「スクリーン上に作られた“見かけの動き”は、現実に見ている“動き”と同じものではない。もっとも、映画を誕生させたエネルギーの重要な部分が“動きの記録再現”であったこともあり、スクリーン上の“見かけの動き”は“記録”された“現実の動き”が“再現”されているものだと普通は考えられている。あるいは、映画を見る行為は既に、スクリーン上で展開している有色の光の明滅と反射は“現実の動きが記録再現されたものだ”という前提を受け入れる、という姿勢を含んでいるのかもしれない」(※15)

 要するに、映画とは、とりあえず24コマで運動が記録・再現できていると敢えて信じることで成り立っているということだ。しかし今日、我々は24コマ以上で記録された映像があることを知っている。

 我々は24コマで撮影されたものを、本当は創造された動きであるにもかかわらず、現実を記録・再現したものとして思い込んでいるだけなのではないか。実写映画が記録の再現ではなく、創造された動きなのだとしたら、我々が実写と思い込んでいる映像もまたアニメーションの一種と言えるのではないか。

 乱暴な物言いをしてしまえば、24コマの実写映画とは、1秒間24コマで構成されたピクシレーションなのでは、ということだ。なぜなら、24コマで現実にはない動きを創造しているのだから。実写映画の運動の記録性が幻想であれば、ピクシレーションの技法のもとに、アニメーションと実写を分ける境界は存在しない。

 だとすれば、全ての映画はアニメーションであると言えてしまうのではないだろうか。一般に思われているように、実写とアニメーションは異なる世界のものではない。全ての映画はアニメーションであり、その広大な映画(=アニメーション)において、特定の動き方と素材を用いた(24コマで現実の動きを撮影した)作品が実写映画と呼ばれているに過ぎなかったのではないか。ならば、既存の映画と呼ばれていたものたちは、随分と狭いところに押し込められていたように思える。全ての映画をアニメーションと定義することで、閉じ込められていた映画の可能性はもっともっと多彩で豊かなものになる。筆者はそんな気がしているのだ。

引用

※1ピクシレーション | 現代美術用語辞典ver.2.0
※2『個人的なハーモニー』土居伸彰著、P64、フィルムアート社、2016年12月25日発行
※3『表象07 特集アニメーションのマルチ・ユニバース』、P68「アニメーションの定義 -ノーマン・マクラレンからの手紙」、土居伸彰訳、月曜社、2013年3月31日発行
※4『フィルムセンター43号』、「ノーマン・マクラレン監督 アニメーション特集 イメージに吹きこまれる生命感・その魔術」登川直樹、P11、1977年11月9日、東京国立近代美術館フィルムセンター発行
※5『コマ撮りアニメーションの秘密 オスカー獲得13作品の制作現場と舞台裏』オリビエ・コット著、賀里 文子/野中 和隆監修、グラフィック社 2018年7月25日発行
※6『FORUM POUR UNE AVANT-GARTE』所収、「ノーマン・マクラレンの小宇宙」森卓也著、P9、アテネ・フランス文化センター、1972年11月9日発行
※7『個人的なハーモニー』土居伸彰著、P128、フィルムアート社、2016年12月25日発行
※8『物語らないアニメーション ノーマン・マクラレンの不思議な世界』、栗原詩子、P12、春風社、2016年2月26日発行
※9『カメラとマイク:現代芸術の方法』羽仁進著、P112、中央公論社、1960年発行
※10『映画技術の側面から見た1080/24Pの必然性と将来性』Noriko Kobayashi、P61、 駒沢女史大学研究紀要、2002年12月号
※11『視覚心理入門』、内川恵二監修、P153、映像情報メディア学会編、オーム社、2009年3月20日発行
※12『映画技術の側面から見た1080/24Pの必然性と将来性』Noriko Kobayashi、P63、 駒沢女史大学研究紀要、2002年12月号
※13『個人的なハーモニー』土居伸彰著、P72、フィルムアート社、2016年12月25日発行
※14「“映画らしさ”とは何か? 一石投じた『ジェミニマン』120/60/24fps上映、全部観た」https://www.phileweb.com/news/d-av/201911/09/48908.html
※15実験映画作家 太田 曜|作品|INCORRECT CONTINUITY解説より(tokyo100.com) http://www.tokyo100.com/ota/works/19.html

参考資料

『季刊ファントーシュ』Vol.1、「世界のアニメーション作家 ノーマン・マクラレンの世界」、ファントーシュ編集室刊行、1975年10月31日発行
『アニメーション入門』、森卓也著、美術出版社、1966年9月30日発行
『アニメーション研究』Vol.02、「ノーマン・マクラレンの映画史的位置」、出口丈人著、日本アニメーション学会編、2000年発行
『Arts and Media』Vol.07、「映像のコマとコマの間に潜むもの -伊藤高志の初期作品を中心に」、松井浩子著、サンエムカラー、2017年7月31日発行
『ファンタスティックアニメーション・メイキングガイド』、昼間行雄編、ソフトマジック、2001年4月25日発行
『日仏アニメーションの文化論』、石毛弓/大島浩英/小林宣之編、水声社、2017年11月20日発行

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■放送情報
『PUI PUI モルカー』
テレビ東京系『きんだーてれび』にて、毎週火曜7:30〜放送
監督:見里朝希
(c)見里朝希JGH・シンエイ動画/モルカーズ

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