強烈な悪役と奇妙なハッピーエンド 『魔女がいっぱい』原作者ロアルド・ダールの魅力とは

児童文学作家ロアルド・ダールの魅力

最大の魅力は、インパクト抜群の悪役にあり

『魔女がいっぱい』(c)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

 しかしやはりロアルド・ダール作品の最大の魅力は、強烈な悪役だ。子どもにトラウマを与えるであろう恐ろしいキャラクターたちが、彼の作品には必ず登場する。『魔女がいっぱい』の魔女はもちろん、『BFG』の人間を食べる巨人たち、『ファンタスティック Mr.FOX』の3人の農場経営者、『チャーリーとチョコレート工場』に登場する悪ガキたちなどだ。彼らの存在が、ダールの作品を忘れられないものにする。1996年にダニー・デヴィートが監督を務めた『マチルダ』に登場する大人たちは、主人公マチルダの両親にしても小学校の校長にしても、子どもたちを顧みず自分の都合のみを優先する。そして思い通りにならない子どもを虐げるのだ。その内容は、少女の三編みをつかんでハンマー投げのように振り回して投げるとか、現実にはありそうもないようなことだが、そのインパクトは抜群だ。

 そしてまた、悪役たちが最終的に受ける制裁の強烈さも、ダール作品の最大の持ち味といえる。『チャーリーとチョコレート工場』の悪ガキたちはウィリー・ウォンカの忠告を聞かず、自業自得でひどい目にあう。彼らの結末に震え上がった子どもも多いのではないだろうか。物語の終盤で悪役たちがコテンパンにやられるときの爽快感を増すためには、彼らが恐ろしければ恐ろしいほど、悪ければ悪いほど、嫌なヤツであれば嫌なヤツであるほどいい。しかもダールが考え出す彼らへの制裁はまさに奇想天外で、あっと驚くような、そしてちょっと笑ってしまうようなものばかりだ。この塩梅が子どもだけでなく、大人も虜にする。

ロアルド・ダールの描く、ハッピーエンドの意味

 奇想天外なのは悪役たちのやられっぷりだけではない。主人公が迎えるハッピーエンドもまた、ほかの作家では考えつなかいような意外なものばかりだ。『ジム・ヘンソンのウィッチズ/大魔女をやっつけろ!』は、そんなダールらしいエンディングをファミリー向けとしてわかりやすいハッピーエンドに変更してしまっていた。そのくらい原作の結末は、子ども向けの作品としては奇妙で呆気にとられてしまうものなのだ。原作に忠実な『魔女がいっぱい』のラストには、多くの観客が驚かされるだろう。『チャーリーとチョコレート工場』や『ファンタスティック Mr.FOX』はわかりやすいハッピーエンドだが、ツイストが効いている。『マチルダ』では普通の児童文学ならこうなるだろう、というところの真逆を行く。

 しかし主人公たちにとっては、そのどれもがハッピーエンドだ。ロアルド・ダールが紡ぐ物語の主人公たちは、その多くがストーリーのはじめには“はぐれ者”で、自分の居場所を探している。そして彼や彼女は、奇妙な冒険を経て自分だけのしあわせにたどり着く。決して紋切り型のわかりやすいハッピーエンドではない。しあわせのかたちは、人それぞれなのだ。それは私たちを驚かせ、同時に胸を打つ。多様性の時代といわれる今、子どものころにそうしたさまざまな“しあわせ”があると知るのは重要なことかもしれない。彼の作品の主人公たちは、普通とはちょっと違うけれど、たしかなハッピーエンドを迎える。

『魔女がいっぱい』(c)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

 独特でチャーミングなファンタジーの世界を創り出し、トラウマになってしまうような悪役の登場と強烈な展開で読者を引き込む物語は、ヘンテコながらもその主人公にぴったりのハッピーエンドで幕を下ろす。そんな唯一無二の世界観で、ロアルド・ダールは世界中の読者を夢中にさせてきた。そして今なお多くのクリエイターに刺激を与えつづけている。今後も彼の作品を原作とした映画が製作される可能性は高いだろう。もし興味があれば、彼の本をぜひ手にとってみてほしい。

<参考>
「まるごと一冊ロアルド・ダール」評論社・1997年

■瀧川かおり
映画ライター。東京生まれの転勤族で、第二の故郷は島根。幼少期から海外アニメ、海外ドラマ、洋画に親しみ、思春期は演劇に捧げる。高校時代に留学していたため、イギリスびいき。大学卒業後、IT企業での勤務を経てフリーライターに。

■公開情報
『魔女がいっぱい』
全国公開中
監督:ロバート・ゼメキス
製作:ギレルモ・デル・トロ、アルフォンソ・キュアロン
出演:アン・ハサウェイ、オクタビア・スペンサー、スタンリー・トゥッチ
原作:ロアルド・ダール著『魔女がいっぱい』(評論社)
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

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