『透明人間』が描く、現代における恐怖の感覚 リー・ワネル監督の洗練された手腕を読む

『透明人間』が描く、恐怖の感覚

 本作の監督リー・ワネルは、“ホラー・マスター”と呼ばれたジェームズ・ワン監督の盟友として、『ソウ』シリーズや『インシディアス』シリーズなどで脚本を担当してきた、ホラー表現を深く理解する俊英。本作ではその経験や彼のセンスが活かされ、洗練された恐怖描写が多く見られる。キッチンで火事が起こりそうになるトラブルを長回しでとらえた演出はジェームズ・ワン監督の天才的な感覚をも想起させる本作の白眉といえるし、要所にあらわれるショッキングな描写も、ただ大きな音響で観客をびくつかせるようなものでなく、恐怖を醸成する工夫が周到に練られていることで、根源的な不気味さを獲得している。

 また監督作『アップグレード』(2018年)を含め、ワネル監督のホラーやサスペンス作品はコンセプチュアルな部分が大きく、これまでジャンル映画で描かれてきた表現を、根本から見つめ直したものになっていることが多い。“透明人間”という題材を、DVの恐怖におびえる女性の心理を描くホラーにするというワネル監督の今回の試みは、女性に向けられるハラスメントの問題が取り沙汰されることが多くなった近年の状況をも汲んだものとなっている。

 その試みは本作のなかでさらに深いところまで到達していく。セシリアが不可解な出来事によって追いつめられ、心理的、身体的な暴力を受けながら透明人間の思惑に誘導されていく姿は、女性が現実の社会で体験する理不尽な出来事が、まさに“見えないもの”、“無かったこと”として、存在しないかのように扱われるという絶望的な状況そのものであるように描かれている。そして、一部の男性の保守性や既存の社会通念のような“見えないもの”が、女性の社会のなかでの役割を限定している状況を表現しているようにも思えてくる。

 そんな苦境に落ち込んでいくセシリアは、見えない存在に怯え続けるが、本作はそんな主人公の底にある強さをも表現する。セシリアを演じた俳優エリザベス・モスは、力強い表情が個性の一つだ。本作では、立て続けに理不尽な目に遭いながらも、災難に抗って前に進もうとする強さがキャラクターに宿っていることを、その目の表情で雄弁に示している。本作『透明人間』は、数々の事態に遭って潰されながらも、一人の女性が本来の強さを取り戻していく物語でもあるのだ。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■リリース情報
『透明人間』
12月23日(水)ブルーレイ&DVD発売

価格:ブルーレイ+DVD 4,527円(税別)
   4K Ultra HD+ブルーレイ 6,345円(税別)

<4K UHD・ブルーレイ・DVD共通特典>
・ 未公開シーン
・ エリザベス・モスの表現力
・ リー・ワネルの撮影日誌
・ 『透明人間』のキャストたち
・時を超える恐怖
・ 監督/脚本 リー・ワネルによる本編音声解説

監督:リー・ワネル
製作総指揮:クーパー・サミュエルソン、ベア・セケイラ、ジャネット・ボルトゥルノ、ローズマリー・ブライト、ベン・グラント
製作:ジェイソン・ブラム、カイリー・デュ・フレズネ
出演:エリザベス・モス、オリヴァー・ジャクソン=コーエン、オルディス・ホッジ、ストーム・リード、ハリエット・ダイアー、マイケル・ドーマン
アメリカ・オーストラリア/2020年/The Invisible Man
発売・販売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(c)2020 Universal Studios. All Rights Reserved.
商品ページ:https://www.nbcuni.co.jp/movie/sp/toumei-ningen/
キャンペーンサイト「恐怖の館へようこそ」:https://nbcuni-cp.jp/kyofunoyakata/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる