『ばるぼら』と『エール』は二階堂ふみの集大成に “静”と“動”を行き来するヒロイン像を探る

『エール』古山音役は二階堂ふみの集大成に

音楽と沈黙 ~君はるか~

 『エール』で演じた古山音役は、これまでの二階堂ふみの集大成であり、同時にまったく新しい次元へと女優二階堂ふみを導いた。『エール』は、舶来品として日本に届いた西洋の音楽への、新しいおもちゃを手にしたような時代の高揚感と、音楽が戦争に利用されてしまう、音楽が戦争に加担してしまったことへの贖罪を、大正~昭和の時代を生きた一組の夫婦の物語を介して描いている。

 『エール』は、それだけではなく、複数のテーマが見事に絡み合って成立している作品だが、その中で、本作が現代にも通じる独立した一人の女性の生涯を描いている点に注目したい。

連続テレビ小説『エール』(写真提供=NHK)

 三姉妹の物語、彼女たちの母親を含んだ女性たちの物語としての『エール』は、グレタ・ガーウィグ監督が描いた傑作『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』(2019年)の四姉妹にも通じる現代性を持っている。夫に先立たれ、女手一つで三姉妹を育て上げた母親(薬師丸ひろ子)が男性社会に媚びることなく、自分の幸せを自分で掴む女性だったように、その強い意志は、歌い手を目指す音や小説家を目指す梅(森七菜)、幸せを目指す方向性が二人と違うだけで、同じくその強さを芯に持っている吟(松井怜奈)、そして古山裕一(窪田正孝)と音の娘、華(古川琴音)にも受け継がれている。『エール』は、それぞれの女性が、それぞれの幸せを発見して自ら切り拓いていく女性たちの物語であり、母が辿ってきた物語を反復(ロザリオを前にした結婚の誓い!)することで、次の世代に受け継いでいく物語でもある。

連続テレビ小説『エール』(写真提供=NHK)

 本作で二階堂ふみは音の10代~晩年までを演じるが、特に娘が生まれて以降の、完全に母親の顔になっている二階堂ふみには、どうしてこんなことができるのだろうかと、驚き以外の何ものでもない。二階堂ふみの演技を通して、母親とは「母親」を演じるために無理をするものだ、ということを痛いほど思い知らされる。あれだけ若く、動的で体ごとぶつかっていった演技が、物語が終盤に向かっていくにつれて、話し方や声のトーンに落ち着きが加えられ、日本語の響き自体の美しさを備えながら、もはや書かれた台詞がなくとも、すらすらと言葉がでてくるような次元にまで達している。二階堂ふみが、古山音という役を介して、この時代に生きた一人の女性、大切な人に夢を預けるという選択をした一人の女性として生きているということに、驚かされる。

連続テレビ小説『エール』(写真提供=NHK)

 音は裕一の仕事(作曲)について口をはさまない主義だが、裕一は音の意見が知りたくて何度も相談をする。生活の中に音楽を見出してきた裕一にとって、また何より、音の夢を預かっている裕一にとって、音楽は音のいる風景でしか生まれ得ない。そのことを裕一はよく知っているのだ。音は裕一の音楽に誠実に耳を澄ます。

 『エール』の第9週「東京恋物語」の中で、鉄男(中村蒼)が福島時代の忘れられない女性希穂子(入山法子)を思い描きながら書いた詩「福島行進曲」のレコードを、他でもない希穂子と共に、皆で聴くシーンがある。この曲を作った裕一も、音も、静かに音楽に耳を傾ける。そこに書かれた詩やメロディーに耳の全神経を集中させる。『エール』は、この特別な時間をもって、音楽が沈黙に似ているということを教えてくれる。

連続テレビ小説『エール』(写真提供=NHK)

 この回がさらに特別なのは、希穂子の引き裂かれるような恋の決断と、音が挑む『椿姫』の最終選考の風景との美しいカットバックに繋がっていくことによって、音の歌い手としての表現力が凄まじい勢いで増していくところだ。「粗削りだけど人の心を揺さぶる何かがあった」と、オペラ歌手双浦環(柴咲コウ)に評された音の歌唱は、最終選考を勝ち取ることになる。二階堂ふみの演技の持つ「静」と「動」の振り幅が、分かちがたく情熱的に結ばれた瞬間だ。音楽は人から人へ繋がり、その心が継承される。

 誰かのために作られたその音楽が、やがて流行歌となり、街に流れ、人々、そして時代を勇気づける。晩年の音楽を作らなくなった裕一が、「僕の中にある音楽は、もう僕だけで楽しみたいんだ」と語るとき、生活の中に溢れてくる音楽を採譜することで音楽を作ってきた裕一にとって、その音楽は愛する妻との二人だけの生活=音楽に帰結する。裕一と音が最後に踏み出した走馬灯のような世界に言葉はなく、音楽だけが溢れていて、そのメロディーには、たった一つの感謝の言葉が乗せられる。人生で最も大切な人を失った裕一にとって、世界で二人だけしか知らないこのメロディーと詩は、遠くにありて、君を思うレクイエムになっていくのだ。君、はるか。

■宮代大嗣(maplecat-eve)
映画批評。ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、キネマ旬報、松本俊夫特集パンフレットに論評を寄稿。Twitterブログ

■公開情報
『ばるぼら』
シネマート新宿、ユーロスペースほか全国公開中
出演:稲垣吾郎、二階堂ふみ、渋川清彦、石橋静河、美波、大谷亮介、ISSAY、片山萌美、渡辺えり
監督・編集:手塚眞
撮影監督:クリストファー・ドイル、蔡高比
原作:手塚治虫
脚本:黒沢久子
プロデュース:古賀俊輔
プロデューサー:アダム・トレル、姫田伸也
美術統括:磯見俊裕
衣装:柘植伊佐夫
制作プロダクション:ザフール
配給:イオンエンターテイメント
2019年/100分/カラー/映倫区分:R15+
(c)2019『ばるぼら』製作委員会
公式サイト:barbara-themovie.com

■放送情報
連続テレビ小説『エール』総集編
NHK総合
12月31日(木)前編 14:00〜15:23
12月31日(木)後編 15:28〜16:56

NHK BSプレミアム
12月29日(火)前編 7:30〜8:53
12月30日(水)後編 7:30〜8:58

NHK BS4K
12月28日(月)前編 9:45〜11:08
12月28日(月)後編 11:08〜12:36

出演:窪田正孝、二階堂ふみほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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