劇場版『鬼滅の刃』が驚天動地の成績を生み出した理由 映像に施された工夫から紐解く
そして特に注目したいのがラスト付近の見せ場だ。全てを賭けたバトル描写において、荒々しく、それまでと全く違う力の籠もった線で作られた映像は、水墨画を思わせるほどの力が入っていた。それにより、両者の決して譲り合えない正義と勝利の形を描き出し、それをぶつけ合う姿が強く印象に残るのだ。
また、今作ではライティングにも注目したい。『鬼滅の刃』はテレビシリーズから、鬼と人間について、どちらが正義でどちらが悪か、単純には判別できない描き方をしていた。もちろん人に害をもたらす鬼は倒さねばならないが、鬼には鬼の苦悩がある。そして今作でもそうだが、人間が全員守るべき価値のある善人とは限らないことを描いてきた。今作でも冒頭で木々の緑が鮮やかなお墓の並ぶ道を、鬼殺隊を統べる産屋敷耀哉がゆっくりと歩くシーンがある。そこでは道を挟むようにお墓が並んでいるが、一方は光の中、一方は影の中にある。ここはまるで人間と鬼の両者を悼むかのように思えた。
他にも夢のパートが始まるとそれまでと比較して少しだけ光が暗くなり、不穏な雰囲気になっている。また幸せな夢のパートは雪もあり真っ白で明るく暖かな雰囲気に、夜の闇の中で蠢く鬼は暗く、そして悪夢は最も暗くして凄惨な光景をより引き立てるなどの工夫が凝らされていた。それらが全て集約したラストには、思わず涙を堪えられない。
また劇伴にも触れておきたい。今作ではテレビシリーズと同じく梶浦由紀と椎名豪が担当しているが、ロックテイストの楽曲のはか、民謡やクラシック調の音響なども使い分けられていた。例えば、雷の系統の技を用いる我妻善逸の戦闘シーンではテクノ調のサウンドが入るなど、芸の細かさも映像の魅力をより引き出している。『鬼滅の刃』は作画・演出・美術・撮影・音楽・演技などの多くのセクションが一体となり、お互いの魅力をさらに引き出し合うように、高い協調性によって完成しているのだ。
今回は『Fate/stay night』シリーズを参考にしたが、他にも美味しそうなお弁当の描写は『衛宮さんちの今日のごはん』の影響を、和装や和室の描き方は『活劇 刀剣乱舞』で培ったノウハウを参考にしているとパンフレットで明かしている。確かに今回の驚異的な興行収入や、社会現象ともいえる鬼滅人気にばかり目が向くが、ufotableの確かな仕事が積み重なった結果の作品であることも声を大にして伝えたい。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame
■公開情報
『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』
全国公開中
声の出演:花江夏樹、鬼頭明里、下野紘、松岡禎丞、日野聡、平川大輔
原作:吾峠呼世晴(集英社『週刊少年ジャンプ』連載)
監督:外崎春雄
キャラクターデザイン・総作画監督:松島晃
脚本制作:ufotable
サブキャラクターデザイン:佐藤美幸、梶山庸子、菊池美花
プロップデザイン:小山将治
コンセプトアート:衛藤功二、矢中勝、樺澤侑里
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:大前祐子
編集:神野学
音楽:梶浦由記、椎名豪
主題歌:LiSA「炎」(SACRA MUSIC)
アニメーション制作:ufotable
配給:東宝・アニプレックス
(c)吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable
公式サイト:https://kimetsu.com
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