『MOTHER マザー』で鮮烈なデビュー 柳楽優弥を彷彿とさせる新人、奥平大兼の可能性

『MOTHER マザー』奥平大兼の可能性

 現在公開中の映画『MOTHER マザー』で、長澤まさみ演じるシングルマザーの息子役を演じ、鮮烈なデビューを飾った奥平大兼。演技初挑戦ながら、堂々とした佇まいとその身にまとう独特の空気感は、スクリーンの中から多くの映画ファンを魅了した。

 共演者の長澤はその演技を「感じたことや思ったことを素直に反応してくれたので、今回、私はとても助けられていたように思います。そこで生まれた感情に大きく揺れ動く姿と対峙することで、自分も素直に演じることができました」と評価。また、監督の大森立嗣は「彼が偉かったのは、演技の中で嘘をつかないことをやり通せたこと。素直だからこそ、嘘をつくのは嫌だという感覚が本人の中にあって、嘘をつかないためには自分がそこでどういう気持ちにならなければいけないのかという作業を常にしていた」と撮影中の奥平の様子について振り返っている(参考:長澤まさみの喫煙姿や膝舐めシーン捉えた『MOTHER マザー』本予告 夏帆、仲野太賀の出演も)。どちらも彼の“素直さ”に言及している点が印象的。演技のメソッドや過度な作り込みをせず、自身の中から湧き上がる感情に正直に向き合う、誠実な人柄が透けて見えるようだ。

 本作『MOTHER マザー』は、実際の事件に着想を得た人間ドラマ。自堕落な生活により、次第に社会から孤立していくシングルマザーの秋子(長澤)とその息子・周平がたどる5年あまりの歳月と、歪んだ母子の関係を容赦のない筆致で描き出した。ろくに子供の面倒も見ず、男に溺れ、その日暮らしの秋子は、いわば“毒親”。それでも、他に頼る人もなく懸命に母を求める周平の姿は、もはや健気を通り越して痛々しくもある。17歳になった周平は取り返しのつかない事件を起こしてしまうのだが、事件の顛末を知る観客にとってはそれが単なる悪とは断罪できないところがもどかしい。ネグレクト、社会的弱者の存在、家族のあり方など、さまざまなテーマを孕み、観る者に深く考えさせるような作品だ。

 奥平は17歳になった周平として、物語の中盤から登場。生気のない眼差し、人と関わることを恐れ、ただあてもなく街を徘徊する毎日を送っているが、ただひとり歳の離れた妹には深い愛情を持って接しているのがわかる。役柄上、周平にセリフはほとんどない。だからこそ、じっと何かを見据える目線、立ちすくむ姿が際立ってくる。佇まいだけで心情を伝えるというベテランでも難しいであろうアプローチを、奥平は演技初挑戦にして成し遂げてしまったわけだ。ビギナーズラックか、はたまた天性の才能か。その答えを知るのはまだずいぶん先になりそうだが、『MOTHER マザー』での彼の演技から、『誰も知らない』の柳楽優弥と似たものを感じとった人も多かったのではないだろうか。奇しくも同じ事務所に所属するふたり。奥平もいずれは彼のように、映画やドラマの世界でなくてはならない存在になるのかもしれない。

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