コロナ禍に考える『MOTHER マザー』と『二人ノ世界』 “今”を象徴する2作から見えた光

“今”を象徴する映画2作から見えた光

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、劇場公開が延期され続けていた新作映画が、6月から7月に入って次々に公開されてきている。こんな時代だからこそ、シンプルに笑える楽しい作品を望む人も多いだろう。一方で、今の暗闇のような時代性と絶妙にリンクしてくる作品に触れ、立ち止まってじっくり考え直してみたい人もいるのではないだろうか。

 後者のタイプにお勧めしたいのが、実在の少年が起こした殺人事件に着想を得て、実話ベースで描いた長澤まさみ主演の『MOTHER マザー』。そしてもう一つ、永瀬正敏が当時学生だった制作チームに採算度外視で参加し、6年の歳月を経て公開になった『二人ノ世界』だ。

『二人ノ世界』(c)2020『二人ノ世界』製作プロジェクト

 『MOTHER マザー』は、ゆきずりの男と関係を持ってはその場しのぎで生きるシングルマザーの秋子(長澤まさみ)が、息子に執着・依存し、息子もまたその歪んだ愛に応えようとすることで共依存関係になり、社会から孤立。やがて大変な事件を引き起こす物語だ。

 一方、『二人ノ世界』は、バイク事故で頚椎損傷となり、首から下の自由を失った俊作(永瀬正敏)と、ヘルパーとして志願してきた全盲の女性・華恵(土居志央梨)の奇妙な介護生活と真実の愛を描いた物語である。

 どちらも正直、ものすごく重く、しんどい。どこまでも続く暗闇に、飲み込まれそうな気持ちになるし、「社会からの孤立」にゾッとするし、見終わってから様々なことを考えさせられる。とはいえ、「孤立」のあり方は『MOTHER マザー』と『二人ノ世界』では大きく異なる。闇に落ちたきっかけも、前者は「本人(母親)のせい」である部分が多くを占めるのに対し、後者は頚椎損傷も全盲も、「交通事故」など不可抗力のものであるだけに、決して並べて良いものではないかもしれない。

 しかも、前者は、好意を持ち、いろいろ支援してくれる市役所職員や、生活保護、児童相談所、学校に通えない子たちのためのフリースクール、さらにゆきずりで関係を持つ男たちなど、様々な対象から、様々な場面で、救いの手を差し伸べられる。

『MOTHER マザー』(c)2020「MOTHER」製作委員会

 手続きをきちんと行い、形だけでも職探しをしている姿勢を見せ続けていれば(もちろんそれはダメなのだけど)、もっと楽にお金を手にすることはできただろうし、酒やパチンコをはじめとして、自身の快楽を優先させなければ、普通に生活することはできたはずだし、誰かにすがって生きることもできただろう。学習意欲を見せ、学校に通いたいと言う息子を、応援しないまでも黙って送り出し、息子の生活力を高めてそこに依存する手だってあっただろう。人生の様々な岐路において、その気になればいくらでも「光」はあった。

 しかし、その光をつかむ術を持たず「面倒くさい」「関係ないやつが口出しするな」「うるさい」などといった感情的理由で自ら光を手放していく。そのくせ息子・周平(奥平大兼)に対しては「舐めるように育ててきた」と言い、異常な執着心を見せ、生活費やパチンコなどの遊興費を工面するために嘘をつかせ、勉強したいと言う息子の「可能性」を否定し、「私の息子だ。どうしたって勝手だろ」と言い切る。

 周平もまた、成長するにつれ、母親の支配下から抜け出すチャンスは何度もあったはずなのに、その都度、「光」に向けて伸ばしかけた手をそっとおろし、孤立の道を自ら進む。

『MOTHER マザー』(c)2020「MOTHER」製作委員会

 作品を観ていると、「なぜ?」という疑問と苛立ちばかりが生まれ、大多数の人が母親に全く共感どころか同情もできないだろうし、気分が悪いと感じる人が多いことだろう。

 でも、こうした生き方、親子関係は実にリアルでもある。自分自身、一時期、貧困取材を度々行っていた頃に、取材相手の話を聞いては「なぜ?」と感じることが多々あった。子どもを抱え、明日食べる米もなくなりそうな状態なのに、4~5万円もするブーツを買ったり、ストレートパーマをかけたりする人。男と遊ぶために、仕事と嘘をついて度々、ママ友にまだ幼い子を預けるのに、別れた夫には絶対に子どもを渡さない人。複数の消費者金融からした借金を返済している最中なのに、まだ現れてもいない「未来の妻」のために100万円もの指輪を買い、バブルがとっくにはじけたクワガタ飼育に夢をかけている人など……。「なぜ?」ばかりだが、他人がそれらを否定・非難・あるいは無責任にアドバイスすることはできても、当事者にとってそれは「関係ない人間に言われたくない」と感じるだけで、何の救いにもならない。出口の見えない苦しい状況が続くと、思考がストップしてしまうのかもしれないし、もともと順序立てて計画的に物事を考えることが何らかの理由でできないのかもしれないし、他人が良かれと思ってするアドバイスも「正論」も、当事者にとっては「上から目線」にしかならない。

『MOTHER マザー』(c)2020「MOTHER」製作委員会

 本作においては何度もお金を貸してきた秋子の母と妹がまさにそうで、お金を無心に来た秋子と周平に「せめて1円でも良いから返してからだ」などと正論を言うが、「あんたら、私をずっとバカにしてるんだろ」と逆ギレされてしまう。

 実際、長い間迷惑を被ってきたことは事実だし、縁を切りたくなるのも当然だろう。それを責められる人はいないが、秋子と周平のその後の人生を思うと、正論が無意識に「上から目線」になり、相手を追い詰めるだけだったのではないか。自分も同じようなことがこれまでなかったろうかと、ゾッとする。正論で他者を救うことはできないし、そもそも「誰かを救える」と思うこと自体、傲慢なのかもしれない。

 そんな他者に母子は背を向け、二人だけの、誰も入れず、理解もできない濃密な関係を築いていく。興味深いのは、秋子が息子・周平に対して異様に執着し、依存する一方で、娘にはそれほどでもないこと。と同時に、妹は守ってくれる兄がいるからか、母親とのつながりが周平に比べると薄く、空腹など生理的欲求はシンプルに訴えるものの、抱えている闇は少ない。

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