『15年後のラブソング』は踏み出す元気を与えてくれる 全編にわたるロックへの愛情

『15年後のラブソング』が贈るメッセージ

 恋は盲目というけれど、それは熱烈なファンにもいえること。自分の好きなアイドルや俳優を追いかけ、いつも世界の中心に「憧れの人」がいる。自分の恋人が誰かの追っかけだったりするだけでも何かと面倒なのに、恋人の憧れの人が自分のことが好きになったら? そんな思いもよらない三角関係を描いたのが『15年後のラブソング』だ。

 時が止まったようなイギリスの港町に暮らしている30代の女性、アニー(ローズ・バーン)はロンドン大学で美術史を学んだが父の病気で地元に戻り、父親から譲り受けた小さな郷土博物館を切り盛りしている。地元大学の客員教授をしている恋人のダンカン(クリス・オダウド)は、以前は知的な刺激を与えてくれたけど今ではオタク気質が全開。特にダンカンが入れ込んでいるのが、アメリカのロック・ミュージシャン、タッカー・クロウ(イーサン・ホーク)だ。

 1993年にファースト・アルバムにして名盤『Juliet』を発表したタッカーは、恋人と破局したことに傷ついてツアー中に行方不明になった、というロマンティックな逸話の持ち主。タッカーに心酔するダンカンは、タッカーのファンサイトを主宰して、毎日世界中のタッカー・ファンと激論を交わしている。ある日、『Juliet』の貴重なデモヴァージョン、『Juliet, Naked』を手に入れたダンカンは、それを毎日宝物のようにして聴いているが、アニーにはたいした曲には思えない。タッカーを神扱いするダンカンにイラついたアニーは、匿名で『Juliet, Naked』を批判するコメントをダンカンのサイトに投稿。そのコメントを読んで「その通りだよ」とアニーにメールを送ってきたのは、なんとタッカー本人だった! 

 1993年といえばオルタナ・ロックが一世を風靡した時期。熱狂的なファンを持ちながら突然姿を消したタッカーは、まるでオルタナ界のJ・D・サリンジャーだ。さぞかし、カリスマ的な人物かと思いきや、今ではすっかりお腹が出て、元妻と小さな子どもとアメリカの田舎で引きこもり生活を送っていた。こういうダメ男を魅力的に演じられるのがイーサン・ホークで、本作でもその持ち味を発揮している。今ではロックスターの輝きは失ったものの、アニーが次第にタッカーに惹かれていくのは、これまで何人も女性を口説いてきたタッカーの優しくてユーモアたっぷりの語り口のせいだろう。田舎育ちのアニーにとって、伝説のロックンローラーは白馬の王子様だ。「2009年度の最も美しい顔トップ100」で1位に選ばれたローズ・バーンがコメディエンヌぶりを発揮。イーサンとの相性も抜群で、アニーとタッカーは『ユー・ガット・メール』のようにメールで気持ちが高まっていき、ついに二人はイギリスで会うことに。一方、ダンカンは一足先にリアルな浮気をして、それを悪びれることもなくアニーに告白して2人は別れる。いつもながらに相手の気持ちを考えない自己中ぶりだが、そのしっぺ返しとして、憧れのタッカーと元カノが恋に落ちるとは……。アニーの家にタッカーが滞在していることを知ったダンカンは、いてもたってもいられない。

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