『スカーレット』は“手を繋ぐ”物語だった 何度でも思い出したい喜美子の「大事なもんは大事に」

『スカーレット』は“手を繋ぐ”物語だった 何度でも思い出したい喜美子の「大事なもんは大事に」

 NHK総合にて5月5日15時5分から、『スカーレット』総集編が放送される(BSプレミアムでは5月7日・8日)。無駄がない水橋文美江脚本と、思い切りのいいメリハリの効いた演出で描かれた150話をさらに約3時間に凝縮ということで、超濃密な3時間になることが予想される。放送を前に、未だにロスが抜けない『スカーレット』ファンが名残惜しく「おしまい」と「はじまり」を振り返ることによって、総括としたい。

 最終回は、何より日常を大事にした『スカーレット』らしい終わり方だった。そして、見事な初回の反復でもあった。第150話冒頭、直子(桜庭ななみ)を先頭に「海やあー!」と叫んで琵琶湖に向かう。これは紛れもなく初回の幼少期の喜美子(川島夕空)と直子(やくわなつみ)と父親・常治(北村一輝)の3人が叫ぶシークエンスの反復である。そして、喜美子(戸田恵梨香)が、かつて常治が言ったように「よう見とけ、こっちの心も大きなるで」と息子・武志(伊藤健太郎)に語りかける。

 最後、武志の死後も変わらず日常を大切にし、作品を作り続ける喜美子の姿が描かれる。穴釜に向かい、火に照らされる喜美子の表情で物語は終わりを迎えた。これが見事に初回冒頭と重ねられている。

 初回冒頭が第105話における、火事寸前になるまで燃やし続ける窯焚き最終日の場面を切り取ったものであることは、喜美子の外見の一致から見ても無論の事実である。

 だが、窯の中で炎に照らされている器らしきものの形状が、初回と第105話は異なっている。初回冒頭に映る炎の中の器は、車輪の形をしている。その車輪が、次のショットにおける常治がひく荷車の車輪に重ねられることで、物語はスムーズに過去へと移行していった。

 最終回、喜美子が一心に彫り、火の中に投じていたのは、初回冒頭と共通する、車輪のような模様が描かれた器だ。つまり、物語は、火に始まって火に終わり、琵琶湖に始まって琵琶湖に終わったように、ぐるりと弧を描いて最初に戻り、また、続いていくことを示唆していた。

 そしてもう一つ、初回には、「空襲で逃げる最中、姉の喜美子が手を離してしまったために怖い思いをしたこと」を思い出し夜泣きする小さな直子と、そのことに対する申し訳なさで辛そうな顔をする喜美子がいた。その後執拗なほど蒸し返され続けるエピソードだ。そしてその伏線は、第148話において静かに回収される。物語の本質を見事に突きながら。直子は喜美子に空襲の話をする。別れた元夫・鮫島(正門良規)に話したら「手は強く繋げば繋ぐほど手汗かいて、汗でねちょねちょになるし、たまには離さんといかん。それが仲良う手繋ぐコツや」と言われたのだと話すのだ。そして彼女は、一度手を離してしまったけれどどうしても忘れられない鮫島のことを、再び探しに出かけるのである。

 鮫島の言葉はまるで魔法のように、『スカーレット』における「手を繋ぐ」ことで紡いできた物語を立ち上がらせる。

 アンリ(烏丸せつこ)の前で、酔っ払って八郎(松下洸平)の名前を呼んで泣く喜美子の、陶芸家として生きることを選ぶ代わりに手を離した八郎への断ち切れない思いは、第119話の喜美子と八郎の、新しい関係に進むための思い切りのいい握手とハグに繋がる。

 病室で「手、繋いでもいい?」という初々しい筆談を交えながら初めて手を繋いだ真奈(松田るか)と武志。その後の2人の愛の深さは、手を繋ぎ続けることではなく、触れ合わないことで示された。

 思えば『スカーレット』はそんな、握った手を時折離したり、繋ぎなおしたりの物語だった。人々は、他にどうすることもできないからせめて、言葉にならないその思いを握手に乗せて、大切な人に伝えてきた。相手にとって決して重すぎることのないようにという配慮まで加えて。闘病する武志と登場人物たちの握手のエピソードは、まさにそれだった。

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