『エール』開始から1カ月を振り返る “ミュージックティ”演出にみる、チーフ演出・吉田照幸の手腕

『エール』チーフ演出・吉田照幸の手腕

 さらに注目したいのは、登場人物を一面で描いていないこと。いい面もあればいやな面もある。状況や相手によって人の言動は変わる。これも、昨今、新しい考え方ではないのだが、『エール』では、第1週でその概念を、鉄男(込江大牙/中村蒼)の父(山本浩司)についてナレーションで語ったことと、第2週で光子の黒い面を「黒蜜」と夫の安隆(光石研)が語ったあとは、当たり前として、説明することなく登場人物のいろいろな面を描いていく。

 わかりやすいのは三郎や音。スピーディーに表情が変わり、皆を煙に巻く。そうすることで、いい人、悪い人、いい行い、悪い行いの境界は曖昧になって、混ざったものこそはその人なのだと思わせる。裕一も、幼少期、内向的な性格でいじめられていたが、音楽の才能によって人生が上向いていく。不器用なところは変わらないが、音楽をやっているときは背筋を伸ばし自信に満ちあふれている。さらに音がそばにいると、頼もしさまで発揮するのである。得意なものや好きなものや愛する人によって人間は変わっていく。

 第1週で裕一の恩師・藤堂先生(森山直太朗)は、「人よりほんの少し努力するのがつらくなくて、ほんの少し簡単にできるもの」「それが見つかったらしがみつけ。必ず道は開く」と言ったが、まさにそれ。音楽と音にしがみついて、裕一はどうなっていくか。裕一の音楽人生に関わってきそうな日本作曲界の重鎮・小山田耕三(志村けん)が意味深に出てきたところで第5週は終了。第6週からの新たな流れに期待をもたせた。もうすぐはじまる東京編では野間口徹や古田新太をはじめとした芸達者な俳優が増える。“カオス”と化していくことを期待する。

■木俣冬
テレビドラマ、映画、演劇などエンタメ系ライター。単著に『みんなの朝ドラ』(講談社新書)、『ケイゾク、SPEC、カイドク』(ヴィレッジブックス)、『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』(キネマ旬報社)、ノベライズ「連続テレビ小説なつぞら 上」(脚本:大森寿美男 NHK出版)、「小説嵐電」(脚本:鈴木卓爾、浅利宏 宮帯出版社)、「コンフィデンスマンJP」(脚本:古沢良太 扶桑社文庫)など、構成した本に「蜷川幸雄 身体的物語論』(徳間書店)などがある。

■放送情報
連続テレビ小説『エール』
2020年3月30日(月)〜9月26日(土)
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:窪田正孝、二階堂ふみ、薬師丸ひろ子、菊池桃子、光石研、中村蒼、山崎育三郎、森山直太朗、佐久本宝、松井玲奈、森七菜、柴咲コウ、風間杜夫、唐沢寿明ほか
制作統括:土屋勝裕
プロデューサー:小西千栄子、小林泰子、土居美希
演出:吉田照幸、松園武大ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/yell/

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