『エール』開始から1カ月を振り返る “ミュージックティ”演出にみる、チーフ演出・吉田照幸の手腕

『エール』開始から1カ月を振り返る “ミュージックティ”演出にみる、チーフ演出・吉田照幸の手腕

 “朝ドラ”こと連続テレビ小説『エール』(NHK総合)がはじまって1カ月が過ぎた。

 実在の作曲家・古関裕而をモデルにした古山裕一(窪田正孝)と、その妻・音(二階堂ふみ)が二人三脚で苦楽を共にしていく物語。はじまって2週間は福島に暮らす裕一と豊橋に暮らす音の幼少期、第3、4週で成長したふたりが音楽を通して文通をはじめ、第5週でついにふたりが実際に出会った。文通ですでにふたりは相思相愛のように盛り上がっていたが、出会ってさらに想いは燃え、裕一は思い余ってプロポーズする。もはや裕一には音がいなければ音楽がつくれないほどに。ここまでの流れがじつに聞き心地のよいメロディのように描かれた。

 朝ドラはこれまで週に6回、月から土まで放送され、この6回のなかで起承転結を繰り返し、その規則的なリズムを半年間続けることで、視聴者が安心して観ることができるという構成のものが多かったように思う。『エール』は週5日になってリズムが変わったこともあってか、各週、“調子”を変えてきているように見える。振り返ってみよう。

 第1週は初回で、原始時代からはじまった音楽の歴史を描き、第2週まで裕一の幼少時代、第3週は音の幼少時代、第4週は成長した裕一と音を交互に描く。第4週は、権藤家への養子入りを前提に裕一が川俣に行き、そこで働く銀行のメンバー、支店長の落合吾郎(相島一之)、菊池昌子(堀内敬子)、鈴木廉平(松尾諭)、松坂寛太(望月歩)の四重奏、豊橋では、音の姉・吟(松井玲奈)、妹・梅(森七菜)と音の三重奏で情景を膨らませていく。裕一の父・三郎(唐沢寿明)、音の母・光子(薬師丸ひろ子)や、ミュージックティーチャーこと御手洗(古川雄大)のソロパートも生き生きと。そして第5週で裕一と音が出会うと、ピアノの独奏とバイオリンの独奏がやがて二重奏になるような。

 定形に収めず、あの手この手を使って、裕一と音、彼らを取り巻く人物の魅力、裕一と音がのめり込む音楽の魅力を描くことに尽力していることを感じる。俳優たちの力を信じ、生かしきる、これはチーフ演出家・吉田照幸の力にほかならないのではないだろうか。

 吉田照幸は、映画化までされたNHKのコント番組『サラリーマンNEO』を手がけ、朝ドラ『あまちゃん』に参加、ポップなコメディが得意かと思いきや、シュールな『洞窟おじさん 完全版』や横溝正史のミステリー『獄門島』『八つ墓村』『悪魔が来りて笛を吹く』、LGBTQに寄り添った『弟の夫』など幅広い。大泉洋と松田龍平のバディもの映画『探偵はBARにいる3』や雪山をふんだんにロケしまくった映画『疾風ロンド』なども手がけている。

 それらの体験を、本作でも生かしていると言えるが、メリットもあればデメリットもある。『あまちゃん』や、最近の大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜』もそうだったが、メリットは固定化された枠のファン以外の凝った視聴者を呼び込めること。デメリットは、保守的な従来の朝ドラファンのなかには、こういった“斬新”な演出が苦手な人がいること。一長一短である。

 しかし、単にドタバタしたコント仕立てにしているわけではなく、例えば、音に「先生」と呼ばないでと釘をさし「ミュージックティーチャー」としつこくいいつづける御手洗の場面では、「ミュージックティ」で「ーチャー」を切ってしまうことで御手洗を視聴者に印象づけた。これが1度きりのネタであればさほど新しい方法ではないのだが、『エール』ではこれを2回繰り返し、のちに、御手洗が「先生」と呼ばれたくない背景を語らせる。最後のこの物語を感動的にもっていくことが考え抜かれた構成で、短いコントをつなげたものには決してなっていないのである。それはやはり吉田がコント番組を手がけたあとに、様々なドラマを作ってきた経験がものを言わせているのであろう。

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