ダン・フォーゲルマンの個性が炸裂 『ライフ・イットセルフ』が描く、人生がもたらす予期せぬ喜び

『ライフ・イットセルフ』が描く予期せぬ喜び

 フォーゲルマンが脚本だけでなく監督も務めた『ライフ・イットセルフ 未来に続く物語』は、そうした意味で彼の個性がこれ以上ないほど前面に押し出された映画だ。

 物語は5つのパートから構成されている。特別出演のサミュエル・L・ジャクソンがイントロダクションを務める最初のエピソード『ヒーロー』の主人公は、ニューヨークに住むウィル(オスカー・アイザック)だ。彼は半年前に自分のもとを去っていった妻アビー(オリヴィア・ワイルド)との想い出をセラピストに語りはじめる。ここで作家としてのフォーゲルマンのトレードマークが提示される。彼女が大学の卒業論文として選んだのは「信頼できない語り手」だったのだ。

 オリヴィア・ワイルド演じるアビーが、評論家筋には評判が悪かったボブ・ディラン1997年のアルバム『タイム・アウト・オブ・マインド』収録曲「ラヴ・シック」の素晴らしさをウィルに向かって蕩々と語るシーンは、楽屋落ち的な面白さも漂っている。

 というのも、ウィルを演じるオスカー・アイザックのブレイク作は、ニューヨークのフォークシーンで活動するシンガーソングライターを描いた『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(2013年)。同作のラストでは主人公を時代遅れにする決定的な存在としてディランその人が登場するのだから。本作のウィルもルーウィン同様、生きることに苦しんでいる。なぜアビーは去ったのか、その真相が観客に知らされた直後に第1章は幕を閉じる。

 第2章『ディラン・デンプシー』の舞台は21年後のニューヨークだ。主人公は21歳の女の子ディラン(オリヴィア・クック)。前章との関連性はこの名前で明白だが、彼女は祖父とふたり暮らし。髪を赤く染めてパンクバンドで歌っているディランは、自ら破滅的な人生を志向しているように見える。だがそれは安定と幸福への強い願望の裏返しでもある。

 ディランに扮しているのは英国出身のオリヴィア・クック。繊細なルックスのせいか、ブレイク作のテレビドラマ『ベイツ・モーテル』(2013年~17年)をはじめ、『ぼくとアールと彼女のさよなら』(2015年)『サラブレッド』(2017年)『レディ・プレイヤー1』(2018年)など、出演作の大半でなんらかの病を抱えているキャラクターを演じる性格女優でもある。だから本作のディラン役もぴったりハマっている。観客は彼女を救いたいと願うはずだが、その想いは果たされないままこの章も幕を閉じる。フォーゲルマンは甘い救済を許さないのである。

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