キム・ギドクが『人間の時間』に込めた思い 「大切なのはありのままの存在を認めること」
大切なのはありのままの存在を認めること
ーー政治家(イ・ソンジェ)、ギャング(リュ・スンボム)が中心となり、船内を牛耳っていきます。単純な腕力だけで言えば、最初からギャングがすべてを支配下に置くこともできたと思うのですが、彼が従う政治家を登場させた意図は?
キム・ギドク:シンプルに考えれば、ギャングが最初からすべてを支配下に置くことはできました。ただ、私たちが生きるこの世界がそうであるように、傲慢な支配者には暴力のほかに、権力も備わっています。本当に恐いのは暴力だけではありません。多かれ少なかれ、権力には暴力を駆使しながら動く構造があるということを、本作を通して見せたかったのです。
ーーそして、チャン・グンソクさんが演じた政治家の息子・アダムは、善人のように見えて、誰よりもずるく弱いです。ある種、一番観客に近い存在のように感じました。一方で、藤井美菜さん演じる本作の主人公・イヴはどんどん“強さ”を得ていきます。
キム・ギドク:おっしゃるとおりです。イヴのひたむきな強さを見せたいと思っていたこともあり、アダムの弱さと対照的に描きました。「強い意志を持った者が命を繋いでいく」という本作のテーマを、藤井さんは見事に体現してくれました。チャン・グンソクさんがしっかりと弱さを見せてくれたことによって、彼女の強さをより際立たせることができました。
ーー『うつせみ』では、“透明”になることによって、人間の争いから離れる、というある種の諦めがあったように感じます。しかし、本作からは、人間はぶつかり合うことによってひとつ先に進むというメッセージを感じました。映画を撮り続けていく中で、人間に対する考え方の変化があったのでしょうか?
キム・ギドク:25年間映画を撮り続けていく中で、たくさんの人と出会い、さまざまな事件と出会い、さまざまな経験をしてきました。ある時期には、どうしても人間に対する不信感を覚えたり、憎悪の気持ちを持ってしまうことがありました。それでも、ずっと映画を撮り続けていく中で、「蛇は蛇である、鳥は鳥である、鶏は鶏である」ということを悟ったんです。以前は、「蛇も羊になれる、犬もうさぎになれる」という、誰でも“変化できる”“変化してくれる”という考えがありました。でも、大切なのはありのままの存在を認めること、それによって問題がなくなるということを知りました。この思いは、本作を作るきっかけのひとつとなっていきます。本作を通して、“人間とは何か”ということを観客の皆さんにも自問自答していただければと思います。
■公開情報
『人間の時間』
シネマート新宿ほか全国順次公開中
監督・脚本:キム・ギドク
出演:藤井美菜、チャン・グンソク、アン・ソンギ、イ・ソンジェ、リュ・スンボム、ソン・ギユン、オダギリジョー
提供:キングレコード
配給:太秦
2018年/韓国/カラー/DCP/122分/R18/原題:Human, Space, Time and Human
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