『カメ止め』的でもあり、そうでもない!? 3人監督体制が『イソップの思うツボ』にもたらしたもの
『カメラを止めるな!』(以下、『カメ止め』)が社会現象となった2018年。上田慎一郎監督は一躍時代の寵児となった。
『カメ止め』は本当に面白かった。しかし、上田監督は悩んだはずだ。2019年こそ真価を問われることになると。
そんな上田監督の次なる一手は『カメ止め』助監督の中泉裕矢氏とスチール担当の浅沼直也氏との3人共同監督による『イソップの思うツボ』(以下、『イソップ』)だった。本作は『カメ止め』よりも先に企画がスタートしているので、「次の一手」と言うのは正確ではないかもしれない。だが、世間からは確実にそのように受け止められることは承知の上だったろう。事実、本作は『カメ止め』クリエイターズによる新作と宣伝され、多くの観客は多かれ少なかれ『カメ止め』と比較するように本作を鑑賞しただろう。
思えば、上田監督が敬愛するクエンティン・タランティーノも『パルプ・フィクション』で時代の寵児となった後、次に取り組んだのは気心知れた監督たちとのオムニバス映画『フォー・ルームス』だった。世間が大きすぎる関心を注ぐなか、それを一身に受け止めずにすむ共同監督という作業は、映画作りの楽しさを見失わなずに済む良い手段なのかもしれない。上田監督は偶然にも尊敬する巨匠と似たような選択をしたわけだ。
『イソップ』は『カメ止め』製作期間を間に挟んで制作された。製作期間が一部重複しているこの両作品は、好対照をなしている面と共通点とが混在している兄弟のような作品だ。『カメ止め』とは異なるセンスも披露しながら、同時に持ち味を失っていない、なにより限られた予算と製作日数の中、アイデア勝負のエンターテインメントとしてきっちり仕上がっている。
3人監督体制は何をもたらしたか
本作は元々、浅沼・上田・中泉の3人体制で監督する前提で企画がスタートしている。『カメ止め』制作前より進められていた企画であることは前述したが、本人たちの談によれば、3人で監督するなら、一度共同作業を経験しておくべきだということで、『カメ止め』に浅沼・中泉両氏が参加することが決まったそうだ。『カメ止め』は本作の準備としても重要な作品だったのだ。
3つの家族を3人の監督がそれぞれ演出を受け持つというスタイルを採用したそうだが、それが個性の異なる家族を描くのに功を奏している。特に、復讐代行屋の戌井父子が初登場するシーンは、明らかに他2つの家族とは住む世界の違う人物であることがよく現れている。大元のプロット作りは3人で綿密な議論の元に浅沼氏が作り、それを上田氏が中心となって3人で脚本を練り上げたそうだ。トップが3人いても作品がバラバラにならずきっちりとまとまりのある娯楽映画に仕上がっているのは、『カメ止め』を経てお互いを知ったことの成果が出たのだろう。