『花と雨』が描く音楽と人の親密な関係 細部にまで込められたヒップホップへのリスペクト

『花と雨』が描く音楽と人の親密な関係

 音楽という形の無いものを映画で描くのは難しい。だからこそ、ファッションやヘアスタイルみたいにわかりやすい小道具やイメージに頼りがちになるが、そんな「外側」からは音楽は聞こえてこない。とくにヒップホップのように強烈なイメージを持っている音楽を題材にする時、それに振り回されることなく、しっかりとヒップホップという音楽の芯を捉えるのは至難の業だ。なにしろ、ヒップホップで重要なのは「リアル」であることなのだから。そのリアルさを追求したラッパー、SEEDAの自伝的アルバムであり、ヒップホップの歴史に残る名盤を映画化したのが『花と雨』だ。

 ロンドンで少年時代を過ごし、日本の有名私立高校に通う吉田。ロンドンでは外国人ということでいじめられ、日本では閉鎖的な社会や学校に馴染めず、吉田はイギリスでも日本でも孤立していた。自分の気持ちを打ち明けられるのは姉だけ。そんなある日、吉田はヒップホップ好きのグループと出会い、初めて自分の居場所を見つけ出す。そして、ヒップホップにどっぷり浸かった吉田は、ドラッグの売人をやって小遣いを稼ぐ一方で、ラッパーとして成功することを夢見ていた。しかし、念願のデビューが決まったものの思ったようにCDは売れず、晴れの舞台のラップバトルではプライドをズタズタにされる。突きつけられた現実の壁を乗り越えられないなかで、吉田を大きな悲劇が襲う。

 「吉田」というひとりの青年がヒップホップに目覚め、『花と雨』という名作を世に送り出すまでを描いた本作。監督を務めたのは、ビョークや水曜日のカンパネラなど様々なミュージック・ビデオを手掛けてきた土屋貴文。吉田を演じたのは、最近出演作が相次ぐ注目の新人、笠松将だ。笠松はリアルタイムで『花と雨』を聴いていたというSEEDAの大ファン。ヒップホップに馴染みがあることに加えて、撮影現場では物怖じせずに自分の意見を言い、周囲とぶつかっても納得いかないことをうやむやにしないという笠松のアクの強い性格が、吉田という複雑な内面を持ったキャラクターを演じるうえでプラスに働いている。土屋監督はキャラクターの内面をセリフで説明するようなおせっかいな演出はしないが、笠松はセリフに頼らずに表情や仕草の微妙なニュアンスで吉田の感情の揺れを表現。とくに印象的なのが目の表情で、吉田が抱えている行き場のない怒りや焦燥感が鋭い視線から伝わってくる。

 音楽映画として『花と夢』を観た時、重要なのは音楽と人の関係を丁寧に描いているところだろう。SEEDAのラップは自分の生き様を語ることであり、吉田という人物をしっかり描いていないとアルバム『花と雨』の世界を描くことができない。だからこそ、土屋は吉田の孤独と挫折を容赦なく描き出す。吉田はラッパーとして成功することを目指すが、その根底にあるのは自分を認めてもらいたいという、若者らしい切実な願望だ。子供の頃から世界に見捨てられたような疎外感を感じてきた吉田にとって、ラップは世界を振り向かせるための自己主張であり、初めて手に入れた武器だったことが映画から伝わってくる。

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