映画のトレンドは90年代へ!? 「80年代ブーム」の背景解説&次のフェーズを大予想

映画のトレンドは80年代から90年代へ!?

 80年代の途中には、次なる“90年代的なるもの”の萌芽が、少しずつ生み出されてもいた。その象徴といえるのが、レオス・カラックス監督のフランス映画『汚れた血』(1986年)のワンシーンだ。ここでは、デヴィッド・ボウイの曲「モダン・ラヴ」とともに、夜の通りを主人公が失踪していく光景が映し出されるが、シーン自体の唐突さと、画面の暗さによって、これが非常に異様な雰囲気を纏ったものとなっている。この記事の文脈で該当シーンをとらえると、これが衝撃的なシーンとして、われわれの目に映る理由は、そこに80年代の表層感と、来るべき“90年代的なるもの”との衝突や混乱があるからなのではないだろうか。そしてそれはデヴィッド・ボウイの曲自体にも存在していたものなのかもしれない。

 そしてノア・バームバック監督による『フランシス・ハ』(2012年)で、このシーンのパロディが話題を呼んだのは、近年では、かなり早めの“90年代的なるもの”の到来を告げる“先触れ”であったようにも感じられる。

 1989年には、この“90年代的なるもの”が純化したかたちで表れてくる。ガス・ヴァン・サント監督の『ドラッグストア・カウボーイ』である。ここにはたしかに、ポップさや共同体からも背を向けて、個人主義や内面の問題を描いていこうという強い意志が感じられる。このあたりから、アメリカではインディーズ映画が成功し始め、大スタジオによる大作にはついぞ見られなかった、作り手の“作家性”がどんどん前に押し出されてきたのである。

 80年代は、少なくとも文化的には、大衆の時代であり、個を無くしていく傾向にあった時代であった。その反動として、90年代を中心に、草の根から次々に個を主張する作家が現れた。クエンティン・タランティーノ、リチャード・リンクレイター、ハル・ハートリー、ハーモニー・コリン、ヴィンセント・ギャロ……。そして、80年代からそのような作品を撮り続けていたジム・ジャームッシュを、そのカテゴリーに入れているファンも多いだろう。

 イギリスでは『トレインスポッティング』(1996年)の衝撃とともにダニー・ボイルが台頭し、ドイツ映画では『ラン・ローラ・ラン』(1998年)がヒット、香港ではウォン・カーウァイ、フランスからはジャン=ピエール・ジュネや、レオス・カラックスから多大な影響を受けているリュック・ベッソンが人気を集めた。そして日本でも……。

 観客のニーズという意味においては、日本ではこれらの映画が“オシャレ”ととらえられたこともあり、比較的低予算作品を上映する小さい映画館に行列ができるという、空前の「ミニシアターブーム」が起こった。

 このような現象が、いまになって、また少しずつ起き始めていると思うのは、現在もまた、主にビジネス的な理由によって、80年代同様に大スタジオによる作品の“大作化”傾向が進んでいるからだ。この背景には中国市場の存在も大きい。爆発的な経済発展と文化流入、人口の多さによって、未曽有の映画館建造ラッシュが起こり、いまでは世界一の映画館数を誇っている中国では、娯楽大作が爆発的ヒットを起こすことが多く、ハリウッドはアメリカで失敗しても中国など世界興行収入で取り返すことができるようになってきている。

 この状況は今後もしばらく続くように思えるが、それだけに、その一方で作家性の強い作品に飢えている観客も少なくないのではと想像する。このようなニーズに恵まれたのが、『A GHOST STORY/ア・ゴースト・ストーリー』(2017年)や『ヘレディタリー/継承』(2018年)の制作会社「A24」や、『ムーンライト』(2016年)や『バイス』(2018年)の制作会社「プランBエンターテインメント」という、比較的小規模の製作スタイルをとる作り手の動きである。これらのラインナップは、作家主義的で意欲的なタイトルが並び、近年のアカデミー賞でも続々と賞を獲得し、台風の目となっている。

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