『午前0時、キスしに来てよ』から考える“キラキラ映画”の変遷 2010年代有終の美を飾る作品に

『0キス』から考える“キラキラ映画”の変遷

 さて、この10年間の“キラキラ映画”(とそれに準じる作品)を一頻り観てきた筆者が、そのベストを選べと言われれば間髪入れずに2017年に公開された『ひるなかの流星』と答える。

 永野芽郁が演じたヒロインの忙しなさを全力でフレームの中に捕らえて、その魅力でスクリーンをいっぱいにする。映画としての面白みもキャストの良さも満遍なく活かしきり、それでいて原作への敬意やロケーション地の魅力も随所ににおわせていたこの上ない快作だ。それだけに、同作を手掛けた新城毅彦監督が『午前0時、キスしに来てよ』を映画化すると知った時点で途方もない傑作になることを確信した。『近キョリ恋愛』や『きょうのキラ君』のみきもと凛の同名漫画を原作とした『0キス』は、実に古典的なラブストーリーの流れを汲みながら、その反面、物語の大筋があまりにも現実離れしているという特異なロマンティックコメディだ。ゆえに、ある意味ではキラキラ映画の定説に当てはまらないタイプと言えるかもしれない。

 超がつくほど真面目な優等生の花澤日奈々は、おとぎ話のような恋に憧れている普通の女子高校生。彼女の学校にあるとき国民的スターの綾瀬楓が映画の撮影で訪れ、エキストラとして参加した日奈々。しかしそこで、楓の意外な素性を知ってしまう。その後、街で偶然にも楓と再会した日奈々は、彼の“演技”に対する真摯な姿勢に感銘を受け、次第に2人は惹かれ合うようになる。いわばジュリア・ロバーツとヒュー・グラントの『ノッティングヒルの恋人』のような大スターと一般人の恋模様が描かれるということだ。前述したようにキラキラ映画における恋の相手はつねに身近な存在ばかりであり(佐藤健と大原櫻子が共演した『カノジョは嘘を愛しすぎてる』がまさに本作と近しい業界人と一般人の出会いから始まる作品であり、『あのコの、トリコ』や『ホットギミック』はスター相手でも幼なじみという前提があった)、また“身分違い”というのもスクールカーストのような覆すことが可能なものを除けば、生徒と教師のような現実社会では御法度とされながらも一般的にありうるケースが多く、これほどまでに明確かつ非現実的なものはなかったと言ってもいいのではないだろうか。

 つまりは身近な恋模様を描くことで観客の共感を求めてきたこのジャンルに、堂々と正反対の“おとぎ話”を叩きつけるというチャレンジが為されたということだ。たしかに、近年は量産されながらも取り立てて大きなヒット作に恵まれず、ブームの終焉が言われ続けているのは言うまでもない。そうした中への一種のテコ入れとしても、そして2010年代の締めくくりを飾る作品としてもこれほどまでに相応しいものはないのではないだろうか。というのも、一見現実離れしたおとぎ話でありながら、それがあまりにも現実から乖離しているように思えないように作られている巧妙さが、確かにスクリーンに映し出されているからである。

 まずは男女の立場の違いが常にストーリーテリングの中心に置かれるという従来の古典的なラブストーリーの文脈をきちんと踏襲して物語が組み立てられていること、綾瀬楓=国民的スターという極端な設定に引けを取らないGENERATIONS from EXILE TRIBEの片寄涼太の放つオーラ。そして相手役に橋本環奈、ライバルで登場する八木アリサに、ヒロインの友人である岡崎紗絵と眞栄田郷敦と、とにかくスクリーン映えするキャスト陣。さらには鎌倉を中心にした実在のロケーションに、名画座や洋食屋や遊園地といったどこかレトロな雰囲気が漂う空間の登場。そして何より、“映画の中の現実世界”の先にもうひとつ“向こう側の世界”が生み出されていることだ。序盤の映画館のシーンで古い映画を観て憧れを抱いたり、中盤でテレビの画面を通じて楓の存在が遠いものであると痛感したり、はたまた日奈々自身が、夢見ていた恋の世界に自分がいることを実感するスマホの画面でメイクをチェックするシーンもしかり。観客と映画の関係の先にもうひとつの理想的な世界があるところで、相対的に“映画の中の現実世界”が近いものだと感じるというわけだ。

 観客に夢を与えロマンティックな気分に浸らせるという、王道ラブストーリーといういちジャンルにできる最大限の魅力を、あくまでも“キラキラ映画”の文脈に載せて身近なものへと昇華させる。さらに、メインカップルの美しさと彼らを含めた演者全員が繰り広げるスラップスティック性に満ち溢れたモーションでさらに増幅させる。時折これが21世紀の松竹映画だということを忘れて、50年代の大映映画を観ているかのような錯覚に陥るほどに、抗えないほどの美しさがスクリーンの中で輝き、高揚感を味わえる至福の113分間だ。キラキラ映画の2010年代が、このような完璧な有終の美を飾ったとなれば、必然的に2020年代にもさらに進化を遂げた上でこのジャンルは生き続けていくに違いない。

■久保田和馬
1989年生まれ。映画ライター/評論・研究。好きな映画監督はアラン・レネ、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『午前0時、キスしに来てよ』
全国公開中
原作:みきもと凜『午前0時、キスしに来てよ』(講談社「別冊フレンド」連載)
※原作者・みきもと凛の「凛」は旧字体が正式表記
出演:片寄涼太(GENERATIONS from EXILE TRIBE)、 橋本環奈、眞栄田郷敦、八木アリサ、岡崎紗絵、鈴木勝大、酒井若菜、遠藤憲一
監督:新城毅彦
脚本:大北はるか  
音楽:林イグネル小百合   
配給:松竹
(c)2019映画『午前0時、キスしに来てよ』製作委員会

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