『21世紀の女の子』は“男性の描き方”にも注目 山戸結希ら15人の監督たちが紡ぐ巧妙な構成

『21世紀の女の子』は“男性の描き方”にも注目 山戸結希ら15人の監督たちが紡ぐ巧妙な構成

 はたしてこの『21世紀の女の子』という映画を語る上で、一体どのポイントにフォーカスを置いて論じるのが望ましいか。考えれば考えるほどに様々な選択肢が生まれてくる。「自分自身のセクシャリティあるいはジェンダーが揺らいだ瞬間」をテーマに、15人の女性監督たちが、それぞれ8分間という決められた尺の中で物語を紡ぎ出す。それは8分間という時間を意識した起承転結がしっかりと組み込まれたものや、もっと長く存在しているであろう物語から8分間だけを切り取ったものであったり、バッチリと画面がキマったものから荒削りのものまで、仕草で語るものからモノローグを使うものまでと、その性質は15者15様だ。それらをつなぎ合わせたオムニバス映画という形式をとる必然として、それぞれにアクターが存在し、それぞれに音楽や衣装といった総合芸術たる映画を構成するあらゆるカルチャーが混在している。

 こうした中で、作品全体を司る最大のトピックとして触れなくてはならないのは、誕生から1と4分の1世紀もの間、男性社会と言わざるを得ない歴史を歩み、今もまだその弊害と呼べるものがいたるところで見受けられる映画というカルチャーにおけるジェンダーの部分であろうか。しかしこの文脈で語ろうとしたら、それこそアリス・ギイの時代まで遡らなくてはいけないほど途方もないものであり、また確たる結論はそう簡単に見出されそうにない。ましてや“21世紀の女の子の、女の子による、女の子のための映画”と銘打たれた作品だ。あくまで“女の子”を契機にして、性別というざっくりとした識別を取り払って、人間同士が向き合う。この映画はそういう至極当然な未来に向けた発信であるゆえ、過去を見つめつつも前を向いて捉えなければならない。

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 だからこそ、この映画で注目しておきたいのは、各作品における男性の描き方である。男性の登場人物が登場するのは15作品中9作品。劇場公開版で冒頭に配された安川有果監督の『ミューズ』では村上淳演じる作家の男の幻想に抑圧された妻が解放される姿を描き、つづく東佳苗監督の『out of fashion』では先輩・後輩の関係性を利用して蔑視的な講釈を垂れる先輩の姿が描写されていく。これはまるで前近代的な男性像の典型たるものだ。そして枝優花監督の『恋愛乾燥剤』では恋に恋する少女を通して男女の精神年齢差を描き、首藤凜監督の『I wanna be your cat』では自身の立場を守ろうとする男の傲慢さが描かれるわけだが、男の成長しきれない部分ですれ違いが生まれながらも、向き合う者同士でそれを理解し合おうと歩み寄っていく様子が見て取れる。

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 そうした流れで迎える映画後半、松本花奈監督の『愛はどこにも消えない』で“人を好きになる”ことに向き合い、井樫彩監督の『君のシーツ』では性行為における男性の優位性を提起しながら相手を“求める”ということを描き、ふくだももこ監督の『セフレとセックスレス』ではそのふたつが“愛情”に変化する瞬間が。そして坂本ユカリ監督の『reborn』でその愛情をトリートしていく中で自身を見つけ出すと、こうした心理的な要因の数々が粘膜レベルという物理的な範疇で結論づけられるかのような加藤綾佳監督の『粘膜』へと到達する。圧倒的に男性を寄せ付けないような“女の子の世界”が展開するイメージを抱かせておいて、一連の流れの中でステレオタイプを拭い去り、性差のない人間としての物語を組み立てていくというその構成は、実に巧妙である。

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