『引っ越し大名!』お仕事ムービーとしての面白さ 原作者自ら手がけた大胆な改変とは

『引っ越し大名!』お仕事ムービーとしての面白さ

 原作では、ひたすら引っ越しのノウハウを学んで実践していく手順と、気弱で心配性な春之介の心情描写と成長にページが割かれている。その一方で、映画ではプロットは大きく変えずに、原作者の土屋本人が脚本を手がけ、大胆な改変をも施し、映画ならではの手法を多く取り込んでいる。

 春之介の幼馴染である脳筋侍・鷹村(高橋一生)は武芸には秀でているが頭を使うのは苦手。原作においては、春之介を奉行に推薦するきっかけを作った後は主にコメディを担当するキャラクターだったが、映画では時代劇ならではのチャンバラの見せ場を与えられる。

 また高畑充希演じる於蘭も、原作では内助の功で業務で疲れた春之介を癒す存在だったのに対し、映画版では直接馬で城にやってきて、春之介を救い、引越しのノウハウを教える役割を果たしている。

 立場としても原作ではお嫁に行っていない30才近い女性であったのに対し、映画では離縁で出戻りしてきた1児のシングルマザーに変更され、たくましく物語を引っ張っていく。この於蘭の積極的な協力により、原作よりも引越しの準備も春之介の成長もテンポ良く進むだけでなく、現代的な内容になっているのもクレバーな改変と言えるだろう。主人公・春之介以外のキャラクターにもしっかりと見せ場を作り、物語に厚みを与えている。

 そのほかにも、野村萬斎が監修した「引っ越し唄」をみんなで歌いながら作業したり、道中を旅する愉快なミュージカル描写も。アクションにミュージカルと、まさに画面映えする要素をふんだんに取り込んでいる。

 そんな映画的な場面を作りつつも、監督の犬童一心もこの映画には「サラリーマンものとしての要素がある」と語っている。それを強く表しているのが、終盤における一度藩をクビになった武士たちの扱いに関する描き方だ。

 幕府の命によって石高を大幅に減らされた上での国替えにおいては、雇いきれなくなった藩士たちにリストラを言い渡さなければならなくなる状況もある。逃げることなく真摯に一人ひとりと向き合い、今は藩をやめてもらうが、いずれ石高が復活する際に必ず迎えに行くと誓う春之介。

 原作では終盤に、幕府の直矩に対する理不尽な国替え要求を春之介発案のとある逆転の発想でやめさせるという描写があり、根本原因を取り除いて藩の経営が安定するが、映画ではその場面はない。

 しかし、春之介は愚直に約束を果たそうとする。この先も経営は不安定かもしれないが、それでも誰ひとり切り捨てず守りぬく。そんな経済的な合理性よりも人的資源を尊重する姿は、現代社会に通づるメッセージだ。パッケージはいかにも軽妙なコメディ時代劇だが、求められるリーダー像や組織の論理に向き合った誠実な映画といえる。

■シライシ
会社員との兼業ライター。1991年生まれ。CinemarcheやシネマズPLUSで執筆中。評判良ければ何でも見る派です。

■公開情報
『引っ越し大名!』
全国公開中
出演:星野源、高橋一生、高畑充希、小澤征悦、濱田岳、西村まさ彦、松重豊、及川光博ほか
原作・脚本:土橋章宏『引っ越し大名三千里』(ハルキ文庫刊)
監督:犬童一心
配給:松竹
(c)2019「引っ越し大名!」製作委員会
公式サイト:http://hikkoshi-movie.jp
公式Twitter:@hikkoshi_movie

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