『ダンスウィズミー』は旅とともに多ジャンルを横断 アンチ・ミュージカルの物語が伝えるもの

『ダンスウィズミー』は多ジャンルを巧みに横断する

 ちいさな子どもを眺めていると、とつぜん歌いだし、とつぜん踊りだす者がある。すると私たちはニンマリと目を細め、同時に「ああ、自分にもあんな頃があったのだ」と感慨深い気持ちが込み上げてくる。もちろん、大人になってから彼らのような行為を演じてみるのもありだが、やはりなかなか、好意的には受け止められないだろう。ときに白い目で見られ、場合によっては病院に行くことを勧められるかもしれない。しかし、歌いたい! 踊りたい!ーーそれならば、『ダンスウィズミー』を観ればよい。

 『ウォーターボーイズ』(2001)や『スウィングガールズ』(2004)など、幅広い世代の観客を射程に収めたエンターテインメント作品を世に放ち続ける矢口史靖監督の最新作である本作は、歌って踊って、まさにお祭りのような、夏にぴったりの映画である。

 開缶後すぐにアップテンポの音楽がスタートし、往年の東宝のスター・宝田明が軽快なステップを踏んで歌いだす。するとたちまち、周囲の者たちも艶やかに踊りだし、スクリーンには多幸感が満ちていく。この宝田演じる胡散臭い催眠術師・マーチン上田の手によって、主人公の鈴木静香(三吉彩花)は、“音楽が流れると、歌って踊らずにいられない”という特異な体質に変えられてしまうのだ。それも、超一流の腕前にである。

 とはいえ、あくまで催眠術である。静香は大手企業に勤め、瀟洒なマンションで暮らしてはいるものの、そこは「COACH」の紙袋と、生ビールではなく某コンビニの専売品である第3のビール(彼女はひじょうに美味しそうに飲むので、この味の良さを分かっているにちがいない!)が転がっている空間だ。玉石混交の中でのごく平凡な生活を送る女性なのであって、そんな彼女がいきなり超人化するというものではないのである。つまり催眠術とは暗示であり、“本当はこうありたい”という、彼女の中に眠る潜在意識を顕在化させるものなのだ。

 とうの静香は、“とつぜん人々が歌って踊る”ミュージカルが、大嫌いらしい。というのも、彼女は歌も踊りもピカイチな腕前だったにもかかわらず、幼い頃に学芸会で大失態を演じてしまった苦い記憶がいまだに尾を引いているのだ。だから現在の彼女は「普通に喋っていた人が急に歌いだしたりして……医者に診てもらえ!」などとまで言ってのけるほどミュージカルというものを嫌悪している。しかし、見ず知らずの人々が周囲にいることを忘れての、まるで“アンチ・ミュージカル”の物語の主人公然とした静香の口ぶりに、翻ってこの時点で、彼女が自身の内なる世界に入り込む素質をもっていることが分かるだろう。

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