『火口のふたり』と『天気の子』に共通点!? 人新世を生きる我々に突き付けられたリアル
周知の通り、その結末部分が物議を醸している映画『天気の子』。祈るだけで空を晴れるにする能力を持った“晴れ女”である少女は、映画の終盤、人々に壊滅的な被害を与えつつある異常気象に立ち向かい、その身を捧げることによって、“世界/セカイ”を救おうとする。しかし、本作の主人公である少年は、その結末を良しとしない。「天気なんて狂ったままでいいんだ!」。新海誠監督は、自身が書き下ろした小説『天気の子』の「あとがき」で、「映画は学校の教科書ではない」としながら、次のように書いている。「映画は(あるいは広くエンターテインメントは)正しかったり模範的だったりする必要はなく、むしろ教科書では語られないことを──例えば人に知られたら眉をひそめられてしまうような密やかな願いを──語るべきだと、僕は今さらにあらためて思ったのだ。(中略)僕は僕の生の実感を物語にしていくしかないのだ。いささか遅すぎる決心だったかもしれないけれど、『天気の子』はそういう気分のもとで書いた物語だった。」
「僕は僕の生の実感を物語にしていくしかない」──その文章は、ほぼそのままの形で、映画『火口のふたり』の作り手たちと共通するところがあるように思えた。無論、作り手たちの世代の違い(新海監督は73年生まれだ)をはじめ、物語の中心となる男女の年齢や属性、あるいは“鯛のアクアパッツァ”と“豆苗ポテチャーハン”という登場人物たちが作る料理の“格差”、そもそも“性愛”表現の有無など、両者の外枠は、ほとんど対照的と言えるほど、大きく異なっている。しかし、ある種の“正しさ”では決して測ることのできない人間の心理や行動を、一点の迷いもなく描き切っているという点で、両者の共通項は多いように思う。その行動原理が、“世間的な価値観や倫理”に縛られていないこと。彼らが最終的に対峙するものが、人知を超えた“自然災害”であること。さらに言うならば、両者の共通点として、雄弁に物語る“歌”の存在を挙げることもできるだろう。台詞では描き切れないものを表現する手段として、荒井が自身の監督作において全幅の信頼を寄せている下田逸郎の音楽(映画『火口のふたり』では、「早く抱いて」、「この世の夢」、「紅い花咲いた」の3曲が使用されている)。それに対して、『君の名は。』に引き続き、というか『天気の子』では、それ以上に物語の根幹を担う役割を果たしているRADWIMPSの音楽。
それにしても、荒井晴彦と新海誠である。まさか、この2人の新作に、共通するものを感じるとは、夢にも思わなかった。荒井晴彦と言えば、中上健次の小説を原作としたロマンポルノの傑作『赫い髪の女』(監督:神代辰巳、脚本:荒井晴彦/1979年)の時代から、初監督作となった『身も心も』(1997年)に至るまで、一貫して、社会的な規範に縛られない男女の“情愛”を描き続けてきた脚本家/映画監督である。そんな彼のテーマ性の“強度”のようなものが、アニメ界のニュースターとも言える新海誠の新作によって改めて浮き彫りになるとは、一体どういうことなのか。それが2019年のリアル、「人新世(アントロポセン)」を生きる我々に突き付けられたリアルということなのだろうか。
いずれにせよ、映画作りのプロセスにおいてはともかく、映画そのものについて、ある種の“正しさ”を議論することは、あまり有意義なことであるとは思えない。むしろ、これらの男女の物語から、あなたは何を感じ取ったのか。“身体の言い分”という言い方は、どこか無責任な響きを伴うのであまり好きではないけれど、ある種の“正しさ”を振りかざす前に、自らの内なる“心の声”に耳を傾けてみることは、今という時代を生きる我々にとって、何よりも必要とされていることなのではないか。自分ではない誰かが標榜する“正しさ”に、条件反射的な追随をみせる前に、自らの内なる欲望の在処を、きっちりと見据えること。“意見”を表明するのは、それからでも遅くない。否、この2つの映画が奇しくも共通して問い掛けるのは、観る人の“意見”ではなく、何よりもその人自身の“感性”に他ならないのだから。
■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twtter
■公開情報
『火口のふたり』
新宿武蔵野館ほかにて公開中
出演:柄本佑、瀧内公美
原作:白石一文『火口のふたり』(河出文庫刊)
脚本・監督:荒井晴彦
音楽:下田逸郎
製作:瀬井哲也、小西啓介、梅川治男
エグゼクティブプロデューサー:岡本東郎、森重晃
プロデューサー:田辺隆史、行実良
写真:野村佐紀子
絵:蜷川みほ
タイトル:町口覚
配給:ファントム・フィルム
レイティング:R18+
(c)2019「火口のふたり」製作委員会
公式サイト:kakounofutari-movie.jp/