好きな人の好きな人になれないすべての人へ 『愛がなんだ』に見る今泉映画における好きという感情

『愛がなんだ』から考える“好き”という感情

 終盤、ついにテルコはマモちゃんから辛い宣告を受けることとなる。角田光代による同名原作の同シーンは居酒屋で繰り広げられ、テルコは必死に周囲の雑音にマモちゃんの声が掻き消されることを願うのだが、一方、映画はテルコにその余地を許さない。居酒屋は、二人きりの部屋に取って変えられている。もはや何にも遮られることのないマモちゃんの声を、テルコは一身に受け止めるしかない。テルコが映画の冒頭でマモちゃんに作ったのは味噌煮込みうどんだが、そのシーンでマモちゃんに作ってもらったうどんは、もはやそれよりも味の薄い、醤油煮込みうどんだった。受け入れられることのない自らの恋心を、テルコはどうするのか。映画は、原作にはないオリジナルの解釈をラストシーンとして描く。テルコのことを矯正することも教え諭すこともせず、テルコらしさを突き抜けて証明して見せるそのシーンは、取るに足らない、ありふれている、どうしようもない私たちの恋愛を、一つずつ拾遺していこうとする優しさに満ちている。それがたとえ、どれだけ愚かであっても、惨めであっても、狂っていても。

 本作は、好きな人の好きな人になれないすべての人へと捧げられる。こんな映画がこの世界のどこかに存在することは、一縷の救いのようなものかもしれない。映画の世界では成就する恋の方が多く描かれたとしても、私たちが生きるこの世界には、報われなかった愛の方が、きっとはるかに多いのだから。

■児玉美月
大学院ではトランスジェンダー映画についての修士論文を執筆。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter

■公開情報
『愛がなんだ』
テアトル新宿ほかにて公開中
原作:角田光代『愛がなんだ』(角川文庫刊)
監督:今泉力哉
脚本:澤井香織、今泉力哉
出演:岸井ゆきの、成田凌、深川麻衣、若葉竜也、片岡礼子、筒井真理子、江口のりこ
配給:エレファントハウス
(c)2019 映画「愛がなんだ」製作委員会
公式サイト:http://aigananda.com/

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