『スパイダーマン:スパイダーバース』に心を揺さぶられる理由 ストーリーや画期的な演出から探る
スクラップブックのような自由な表現
ヴィジュアルにおけるキーマンとなっているのは、美術監督のジャスティン・トンプソンだ。これまでアニメーション業界で活躍し、ハイセンスな2Dアニメーション『パワーパフガールズ』(1998年)や、『サムライジャック』(2001年)のスタッフとしても活躍したトンプソンは、10代のうちからコミックブック・ショップで働き、熱心な読者としてコミックの大胆な線や、ドットで構成される色彩に魅せられていたのだという。そして、多色刷りにおけるプリントのズレによって起こる、線のブレや微妙にはみ出した色彩にすらもフェティシズムを感じていた。
トンプソンは早いうちに本作の製作者フィル・ロード&クリス・ミラー(『くもりときどきミートボール』『LEGO ムービー』)と話し合い、画面作りについての構想を練っている。そして主人公の少年が、スパイダーマンと出会うことでヒーローに目覚めていく過程で、画面の印象がどんどん派手に、ついにはサイケデリックな領域にまで突入していくという演出が生まれた。エフェクトを使いまくる派手な色彩のクライマックスでは、「いくらなんでもやり過ぎた」ということで、あるバージョンを不採用にするなど、一部で創造性をセーブするところもあったらしい。
その手法は、もはやアメコミであろうとすることすら超えて、あたかもセンスの良い10代の学生が趣味で切り貼りして作成する、何でもありのスクラップブックであるかのようだ。荒削りのように見えながら、“ものをつくる”ということの楽しさがダイレクトに伝わってくる。そしてアニメーションという表現は、そのような感覚的なアプローチでも成立するような懐の深さを持っていることに気づかされるのである。
パラレルワールドから現れるスパイダーヒーロー
この独特なスタイルは、本作の設定やストーリーとも調和を見せる。『スパイダーマン:スパイダーバース』は、SF作品でおなじみ、理論物理学の考え方にある“平行世界(パラレルワールド)”が登場する。これは、いま自分がいる現実以外の“現実”が、異次元に無数に存在しているというものだ。
本作では、それぞれの平行世界に、あり得たはずの様々な姿のスパイダーマンがそれぞれ存在しており、それぞれに活躍しているということになっている。それら別次元のスパイダーマンたちが、本作の主人公となるマイルス・モラレスの世界に集結する。じつは彼は、オリジナルのコミックとは設定の異なるスパイダーマン関連作『アルティメット・スパイダーマン』にて、ブラックカラーのコスチュームを着たスパイダーマンになる運命にあるキャラクターなのだ。
オリジナルと設定の異なるスパイダーマン関連作は、他にもまだまだ存在し、スパイダーマンとして活躍するキャラクターも無数に存在する。本作にもグウェン・ステイシーや、スパイダーハム、スパイダーマン・ノワールなどが、それぞれの平行世界から現れた者として登場する。つまりここでの“平行世界”とは、スパイダーマンに関連する別作品・別設定のことを指している。そして、会うはずのない別設定のスパイダーマン(ガール)たちが共闘するのである。
別作品ということは、その画風も別々である。本作ではそれらを統一した絵柄でまとめるのではなく、絵柄の違う者同士が一緒の画面に収まるという、下手をすればごった煮で見苦しいものになるおそれがある危険を冒している。しかし、前述したようなスクラップブックのような自由な表現手法が、本作のキャラクターたちの統一性の無さをカバーする。そしてむしろ無秩序な楽しさへと転化させてゆくのである。