『スパイダーマン:スパイダーバース』に心を揺さぶられる理由 ストーリーや画期的な演出から探る
胸を熱くさせる、キャラクター中心のストーリー
これだけでもう本作の実験性や楽しさを評価するのに十分だが、さらに、いかにもコミック的なストーリーがヴィジュアルに熱を吹き込んでいる。それは、キャラクターを中心とした王道的な作劇だ。“人間をしっかり描こう”とするような、いまでは古風ともとれる信念によって、展開にむやみな“ひねり”を加えるのではなく、ここではあくまでキャラクターの魅力を際立たせるストーリーを構築している。
なかでも、別次元からやってきた中年のピーター・パーカーが面白い。彼はいまだ青春を卒業できないまま年を重ね、現実の問題にうまく対応できないという“ミッドライフ・クライシス(中年の危機)”に突入している。だが、そんな葛藤する内面のせめぎ合いが、セクシーだと感じるまでに、彼に複雑な魅力を与えているのだ。そんな彼も、マイルスを育て上げることで成長を遂げることになる。
そして主人公マイルスは、ヒーローになることに逡巡する少年として描かれる。自分の能力に自身を持てず、一歩を踏み出せないのだ。彼は、父親がアフリカ系、母親がヒスパニック系である。これらの人種は、アメリカ社会でたびたび差別の被害者になり得る。彼が大作映画において“ヒーロー”となることは、『ブラックパンサー』(2018年)がそうであったように、同じ人種の子どもたちに将来の希望を与えることにつながる。
「自分はやれる」と信じ、マイルスはついに高層ビルから跳躍し、高所からの“ウェブ・スイング”を試みる。努力を繰り返し、自分を信じ、困難に立ち向かう覚悟を決めれば、新しい世界が開ける。本作におけるストーリーも、ヒーローに近づくにつれて色彩が輝き出す表現も、そのメッセージを伝えるために存在するのだ。本作は、一人の少年が自分の人生を選び取る瞬間を描く。それは、どんな観客にとっても他人事ではいられないと思わせる普遍性を持っている。だからこそ、マイルスの跳躍に我々は胸を熱くせざるを得ないのだ。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『スパイダーマン:スパイダーバース』
全国公開中
製作:アヴィ・アラド、フィル・ロード&クリストファー・ミラー
監督:ボブ・ペルシケッティ、ピーター・ラムジー、ロドニー・ロスマン
脚本:フィル・ロード
吹き替えキャスト:小野賢章(マイルス・モラレス/スパイダーマン役)、宮野真守(ピーター・パーカー/スパイダーマン役)、悠木碧(グウェン・ステイシー/スパイダーグウェン役)、大塚明夫(スパイダーマン・ノワール役)、吉野裕行(スパイダー・ハム役)、高橋李依(ペニー・ パーカー役)、玄田哲章(キングピン役)
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
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