『はじこい』横浜流星は“年下男子”のステレオタイプを覆す!? 他の恋愛ドラマと一線を画す理由
順子と由利の間にあるのは“対等な関係”
年下男子の一途な恋を描いたドラマや漫画は数多くあれど、その中でもなぜ我々は『初めて恋をした日に読む話』(TBS系)の展開から目が離せないのか。
その理由は、まず由利(横浜流星)と順子(深田恭子)の関係性にある。
これはよく比較される前クール同枠の『中学聖日記』との決定的な違いでもあるが、由利と順子の場合には男女・恋愛関係が先行するのではなく、先生と生徒の師弟関係ではあれど、それよりもまずベースに「1対1の人間同士の対等な関係」を築くことができている。
エリート官僚の父親を持ち、母親を幼くして亡くしてしまった由利は、父親への反発から髪をピンク色に染めたり、勉強も一切放棄してしまったりする。しかし、おそらく彼の中で「どこかで道を踏み外してしまった感」や「これは自分の本当の姿じゃない」という気持ちがあったのではないかと思う。
なんとなく惰性で過ごしている中で、父親に連れられて行った塾で順子と出会う。自分を侮辱した父親に対して本気で啖呵を切ったり、「32歳、未婚、契約社員塾講師」など自身の境遇を自嘲しながらも、うそぶいたり、自分を少しでも大きく見せようとすることが一切ない順子。もちろん自身の不遇を他責にすることもないその姿を見て、由利は「初めて心の底から信頼できる大人」に出会えたのではないだろうか。
順子との出会いから東大受験を志すことを自分の意志で決意する由利。これはもしかすると由利が初めて「自らほしいものに手を伸ばした瞬間」だったのかもしれない。由利のすごいところは、「自分の現状から目を背けたり、斜に構えたりせずに、手に入れたいものに真っ直ぐ手を伸ばせた」ところだとも言える。中学生レベルの復習から開始してどんどん勉強ができるようになっていく様子は、同時に彼が初めて「自己肯定感」を得て、それを高めていく過程とも重なるのだ。
またそれはこれまで親の決めたレールに従って人生を進めてきた結果、行き詰ってしまった順子自身が「自己肯定感」を取り戻していく過程でもある。
第2話で、順子と由利がふとしたきっかけで恋愛について話すシーンがあるが、そこで由利が「それって、誰かに肯定されるってことだろ。恋愛に限った話じゃねぇんじゃねーの? 皆、そういうのがあれば頑張れるんじゃねーの」と答えている。まさにこのセリフが由利と順子の関係性を端的に表現している。
こんな関係性がベースとしてあった上で、由利が順子に自然と恋をしていくストーリーは視聴者としても感情移入しやすく、また単なるラブストーリー以上に応援もしたくなる。