ロマンチシズムと暴力が交差する 『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』は“現代的西部劇”に

『ボーダーライン』続編は“現代的西部劇”に

 本作に出てくる、見渡す限りの砂漠、人気(ひとけ)のない荒涼とした土地は、西部劇に典型的なイメージであり、誰も助けに来る者がいない状況を強調する。人里離れた場所では法の秩序に頼りにくく、頼れる者は自分自身以外にいないというのがアメリカにおける銃所持の根拠のひとつでもある。「日本など他の先進国のように比較的治安の安定している国で、都市生活を送る人間には想像しにくい部分もあるが、隣家まで20キロ、最寄りの町まで50キロなどという居住環境もめずらしくないアメリカの地方では、異常事態が発生した場合、警察官の到着をただ待つわけにはいかないのが実情だ」(『銃に恋して 武装するアメリカ市民』半沢隆実/集英社新書)。こうした状況下、暴力や銃はより切実な意味を持つ。劇中、何台もの重装備車をつらねて警戒しながら砂漠を走るものものしい場面は、いかなる暴力が勃発しようとも助けを求められない状況、無秩序の不安をビジュアルとして示している。たとえば『ノクターナル・アニマルズ』('16)がそうであるように、見渡す限りの砂漠とは法の秩序が行き届かない場所であり、いつどのような事件に巻き込まれるかわからない恐怖を伴う。秩序の不完全な場所における生存をかけた戦い、それが西部劇的なテーマだ。従って本作は、現代的な意匠を施された西部劇だといえる。

 物語後半において、隣国との関係悪化を懸念した米政府は、作戦の中止を指示する。結果、CIAと行動を共にしていた謎の男アレハンドロ(ベニチオ・デル・トロ)は使い捨てられ、誘拐した麻薬王の娘イサベルとふたり、メキシコの地に取り残されてしまう。さらに政府は、事実をもみ消すためにアレハンドロとのイサベルの殺害命令を出した。かくして、窮地に陥ったふたりが不法入国者を装ってアメリカへ戻ろうとする展開はすばらしいの一言。この後半の展開には唸ってしまう。まるでコーマック・マッカーシーの小説を読むような、アメリカらしいロマンチシズムと暴力の交差に胸を打たれる。かけがえのない“何か”を守るために国境を渡る者たちの物語とは、まさにコーマック・マッカーシーが繰り返し描いてきた世界だ。国境を渡ってアメリカへやってきたメキシコの牝狼と出会った少年が、狼を故郷の山へ戻すために旅へ出る『越境』(ハヤカワepi文庫)や、高級娼館に買われていった女性のために命を賭けて戦う『平原の町』(ハヤカワepi文庫)など、彼の〈国境三部作〉にも通じるドラマを感じた。アメリカ文化を追求していくと、どうしても苛烈な暴力につきあたってしまう。アメリカ特有の、社会における暴力のあり方についても考えるところの多いフィルムであった。

■伊藤聡
海外文学批評、映画批評を中心に執筆。cakesにて映画評を連載中。著書『生きる技術は名作に学べ』(ソフトバンク新書)。

■公開情報
『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』
全国公開中
監督:ステファノ・ソッリマ
脚本:テイラー・シェリダン
出演:ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン、イザベラ・モナー、ジェフリー・ドノヴァン、マヌエル・ガルシア=ルルフォ、キャサリン・キーナー
配給:KADOKAWA
提供:ハピネット、KADOKAWA
原題:Sicario: Day of the Soldado/2018年/アメリカ映画/122分/字幕翻訳:松浦美奈/PG12
(c)2018 SOLDADO MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:border-line.jp/

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