『獣になれない私たち』に出会えた喜びに乾杯! 野木亜紀子が描く“声にならない叫び”
“野木さん、聞いてないよ。こんなハードな展開だなんて!”と、多くの視聴者が脚本家・野木亜紀子の術中にハマり、地団駄を踏んだのではないだろうか。ついにスタートした『獣になれない私たち』(日本テレビ系)。目に見えぬ呪いがはびこる社会に気持ちよく風穴を開けた『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)から2年。脚本・野木亜紀子×主演・新垣結衣のタッグ再び。高まる期待を大きく上回る、最高のスタートダッシュを決めてくれた。
「ラブかもしれないストーリー」というナレーションとともに、新垣と松田龍平がバーカウンターでクラフトビールをゴクリ。そんな予告映像を見て、ほのぼのとしたハートフルなラブストーリーを想像していた人も少なくなかったはず。だが、初回で描かれたのは新垣が演じる主人公・深海晶のしんどい日常だった。そのリアルさといったら、CMのたびに深いため息が出るほど。
晶は、父親からの暴力を受けて育ったことから、トラブルを回避する能力が高い女性に育った。本音を笑顔で隠し、相手の機嫌を損ねないように立ち回る。自分を守るために、そうせざるを得なかったのだ。だが、その気遣いスキルはビジネスの現場で重宝されるが、プラスアルファの動きは徐々に“やってくれて当たり前”になっていく。経営者は、できない人に任せて育つのを待つリスクより、できる人が多少無理をしてでもなんとかこなしてくれたほうがラクだ。取引先も、ミスを連発する担当者より、なにかと気を回せる人に変わってくれたほうがラクだ。もちろん仕事を任せた同僚も、厳しい場面を誰かがやってくれるならこんなラクなことはない。
周りがラクをしようとするばかりに、“やらなきゃ”と空気を読む人にばかり仕事が集中してしまう。しんどくても、振る先がない。それどころか尻拭いは、次々と回ってくる。周りに迷惑を掛けたくないと、無理をしてでもこなしてしまうと、まだまだイケそうだと、さらに周りは甘える……この負のスパイラルを、野木がこうしてドラマにしてくれるだけで、どれほどの人が救われることか。気遣う人は、総じて声の小さい人たちなのだから。
また、美人であることも晶の苦難となる。美人は得をする、もちろんそういう場面は多い。だが、美人にも美人の苦労があるのだ。社長から多くの業務を振られることを、仕事ぶりの評価ではなく「社長は面食いなのよ」と同僚からチクリと言われたり、取引先から女のコ扱いされ頭を撫でられたり、ちゃん付けで呼ばれて「お詫びに美味しいもの食べに行こう」と誘われたり……。だが、美人の悩みは本人が発信すれば、とたんに嫌味となって映る。女を武器にしたのでは? 思い上がりでは? そんなふうに冷たい目を向けられるのであれば、黙って笑顔でやり過ごそう。その声にならない叫びも、野木亜紀子は見逃さない。