まるでスポーツの団体戦! 『バッド・ジーニアス』の後ろめたくも清々しい映画体験

まるでスポーツ団体戦『バッド・ジーニアス』

 しかし本作は、個人戦もたっぷりと用意されている。チームのリーダーであるリン(チュティモン・ジョンジャルーンスックジン)は、留学のために世界各国で行われる大学統一入試「STIC」という“大舞台”でカンニングの発覚を恐れ、試験を切り上げて、個人戦への出場を余儀なくされる。もともと“お勉強ひとすじ”といった印象の強かった彼女が、カンニングという褒められた行為ではないにせよ、仲間たちとともに切磋琢磨していく中で洗練されていくのは本作の見どころのひとつであり、そういった成長物語こそ青春映画的側面をより強調させていた。そんな彼女なだけに、孤立無援状態での息も切れぎれな個人戦にはなんとも胸が痛んでしまう。

 ここでの対戦相手は、「試験」そのものではなく、カンニング行為が行われているではないかと睨んだ「試験監督」である。試験会場でのカンニング行為は、そもそも“スパイもの”のようでもあったが、敵(試験監督)に勘づかれてからは、彼らとの直接の攻防、そして逃亡劇へと物語はなだれ込んでいく。団体戦にあった青春映画的側面は、より犯罪映画的側面を強めていくのだ。ここまでのランニングタイム(上映時間)をスポーツの試合のように走り続けてきた彼女だが、実際に身体を張って“走る”ことで、画面はより活気づき、本作はよりスポーティーな展開を見せてくれるのである。

 ある者はお金のため、またある者は仲間のため、そしてまたある者は将来のためーー生活圏やカルチャーの違う人々が犯罪に走るとなれば、大きく海を隔てた世界の物語のようにも思えるが、「試験」という、ほとんど万国共通といえる舞台に置き換えたことで、それは実感を抱きやすくなる。そういった意味では、日本を舞台にした多くの犯罪映画などよりも、私たちの現実と地続きのものだと思えるのだ。

 カンニングがいいことなのか、そうではないのか。バレてしまえばどうなるのか、これまた多くの方には明らかだろう。リンたちに追走することで、やがていつかの自分を追想することになる方もいるかもしれない。ラストが道徳的な着地でありながらも説教じみたものを感じないのは、それこそまさに、試合終了まで仲間たちと全力で走り抜けた、スポーツのあとのような清々しさがあるからだと思えてならないのだ。

■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。

■公開情報
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』
新宿武蔵野館ほかにて公開中
監督:ナタウット・プーンピリヤ
脚本:ナタウット・プーンピリヤ、タニーダ・ハンタウィーワッタナー、ワスドーン・ピヤロンナ
出演:チュティモン・ジョンジャルーンスックジン、チャーノン・サンティナトーンクン、イッサヤー・ホースワン、ティーラドン・スパパンピンヨー、タネート・ワラークンヌクロ
提供:マクザム
配給:ザジフィルムズ/マクザム
後援:タイ王国大使館、タイ国政府観光庁
原題:Chalard Games Goeng/2017年/タイ/タイ語/130分/字幕翻訳:小田代和子/監修:高杉美和
(c)GDH 559 CO., LTD. All rights reserved.
公式サイト: http://maxam.jp/badgenius/

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