“ジェリコの壁”は壊せるのか? 『あなたには帰る家がある』が描いた男女の本音

『あな家』が描いた男女の本音

 ドラマの内容以上に大きな魅力でもあった、木村多江演じる綾子のホラー的怖さは、物語の途中、彼女がその家屋から飛び出すときに、大きな変化を遂げる。いわゆる伝統的な日本家屋である茄子田家に佇む彼女はゆっくりしっとりと動く湿度高い系真夏の幽霊といった感じだったが、その家屋を飛び出した瞬間、彼女は生命を得たかのように全速力で走り出す。内に秘めていた言葉を声にはしないまでも、「心の声」として表出し始める。密やかに相手が動き出すのを待っていた彼女が、「アナコンダか」と突っ込まれるほど秀明に貪欲になり、真弓への嫌悪感、太郎への不信感を直接ぶつけ出す。

 彼女が“水”のイメージを纏った人物であることは過去の記事(木村多江、幸薄女から魔性の女へ 『あなたには帰る家がある』茄子田綾子役に滲む闇)でも述べたが、真弓への嫉妬心と、思うようにいかない苛立ちを込めて、流しで桃にそのままかぶりつく場面での、あの滴る透明な果汁、スマホに映った真弓の顔写真に降りかかる水滴は、これまでの彼女のイメージとは全く異質な“水”だったと言えよう。そしてそうまでさせたのは、彼女の宿敵である真弓の言葉があったからだ。

 家屋の壁、男女の壁、女同士の壁、彼らはそれらを取っ払うことができたのだろうか。実際にはそれらの壁は取っ払われることなく、茄子田家の家屋から飛び出した綾子は一度は自由を手にしたが、また太郎の元に戻る。太郎の確かな愛を知ったためであり、太郎が心を入れ替え、妻の理想の家屋に作り変えると譲歩したからだ。秀明も、『或る夜の出来事』の男が例え話のままにラッパを吹いて2人の間の壁を崩すラストシーンのように、容易くは真弓との間のジェリコの壁を崩すことはできないだろう。

 茄子田家は壁を壊すのではなく作り変えることを選び、佐藤家は居心地のよい柔らかな壁に隔てられた、家にこだわらないゆるやかな関係を選んだ。

 壁なんて、取っ払わなくていい。男女の壁も、宿敵同士、女同士の壁も、家屋の壁もそう簡単に取っ払えるものではない。そもそも違うのだから。でも、互いを思う気持ちがせめてどちらか一方でも、僅かにでもあるのなら、それで相手が救われることもある。少し譲歩することで変わる世界もある。本音をぶつけることで何かが変わることもある。

 「生きていたらうまくいくことばかりじゃない。そういう時に顔を見たくなる人が“帰る家”」という真弓の言葉はこのドラマの本質だ。「ジェリコの壁」を壊すラッパは、誰一人持っていない。それでいいのかもしれない。

■作品情報
金曜ドラマ『あなたには帰る家がある』
出演:中谷美紀、玉木宏、ユースケ・サンタマリア、木村多江、駿河太郎、笛木優子、高橋メアリージュン、藤本敏史(FUJIWARA)、トリンドル玲奈
原作:山本文緒『あなたには帰る家がある』(角川文庫刊)
演出:平野俊一
脚本:大島里美
プロデューサー:高成麻畝子、大高さえ子
製作:ドリマックス・テレビジョン、TBS
(c)TBS
公式サイト:http://www.tbs.co.jp/anaie/

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