山崎賢人が体現する“裏方”としての戦い方 『羊と鋼の森』は音の感動を“体感”できる

『羊と鋼の森』山崎賢人、裏方としての戦い方

 そんな世界に飛び込んだ外村青年。自身がそう口にしているように、彼は音楽的な教養を持っていない。音楽というものに触れてこなかったのだ。彼がその道に進むことを宣言したときに、家族が唖然とするのも無理はないだろうし、それが彼としてはコンプレックスともなっている。だが、信頼のおける先輩・柳伸二(鈴木亮平)は、才能というのは「ものすごく好きだということ」や「諦めない執念」だと口にする。才能の有無とは、第三者が規定するものではないのかもしれない。

 しかし焦燥感に駆られる外村は、着実に一歩ずつ進もうというよりは、しゃかりきになりがちである。そこで、外村を演じる山崎が、ピアノが弾けなくなった顧客の元へと向かって荒々しく走って行こうとするシーンに注目したい。彼は多くの作品で、どちらかと言えばあまり美しいとは言えない、必死さを湛えた走りをこれまでにも見せてきた。近作で挙げるならば、テレビドラマ『陸王』(TBS系)や『トドメの接吻』(日本テレビ系)などでのそれを思い起こす方もいるだろう。いずれも、現状を変えようとする彼のあの必死な姿は、物語をポジティブな方へと駆動させてきた。今作との“ピアノ繋がり”で言えば、スランプに陥った天才ピアニストの高校生を演じた『四月は君の嘘』(2016)でも、現状の自分から脱するべく橋の上から川に飛び込むという場面で、彼はわざわざ例のがむしゃらな走りを一瞬見せている。だが、今作で彼がそんな走りを見せようものなら、旭川の厳しい自然が彼の行く手を阻み(雪面がつるつると滑る)、さらに柳を演じる鈴木に止められる。繊細な動きを求められる調律師である彼は、がむしゃらな振る舞いで物語をポジティブに転換することを許されないのだ。調律師とは徹底的に裏方であり、裏方には裏方の、支える者には支える者の戦い方というものがあるのだろう。

 これまでいくつもの職業に心惹かれては夢想してきた筆者だが、何の巡り合わせでか、いまこの文章をしたためている。正直なところ、外村のように才能や教養というものに憧れることしきりだ。しかし、「ものすごく好きだ」という才能だけは持っているように思える。本作を長く感じたと先に述べたものの、表舞台に立つ者を支える“調律師”という職業に就く人々を見つめながら、普遍的なメッセージを内包した本作の134分という尺は、うまくまとまった映像化と見るべきだろう。筆者だけでなく多くの方が、自身との何かしらの共通項を見いだせるのではないだろうか。

※山崎賢人の「崎」は「たつさき」が正式表記

■折田侑駿
映画ライター。1990年生まれ。オムニバス長編映画『スクラップスクラッパー』などに役者として出演。最も好きな監督は、増村保造。

■公開情報
『羊と鋼の森』
全国東宝系にて公開中
出演:山崎賢人、鈴木亮平、上白石萌音、上白石萌歌、堀内敬子、仲里依紗、城田優、森永悠希、佐野勇斗、光石研、吉行和子、三浦友和
原作:宮下奈都『羊と鋼の森』(文藝春秋刊)
監督:橋本光二郎
脚本:金子ありさ
音楽:世武裕子
(c)2018「羊と鋼の森」製作委員会
公式サイト:http://hitsuji-hagane-movie.com/

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる