木村多江、幸薄女から魔性の女へ 『あなたには帰る家がある』茄子田綾子役に滲む闇

木村多江、『あな家』で幸薄女から魔性の女へ

 そして、雨にまつわるエピソードも彼女を語る上で重要だろう。秀明と綾子がホテルで逢瀬を遂げる日は2回とも雨だった。それが彼女に「雨」あるいは「水」のイメージを植え付ける。運命の日、秀明の車に逃げ込んできた彼女は雨に濡れていた。彼女が何かしら大胆な行動に出る時は、台所、炊事場、川と、いつも「水」が描き出される。綾子が寝物語に語るのは「赤い蝋燭と人魚」の話であり、秀明が語るのは映画『時計じかけのオレンジ』の中で主人公が口ずさんでしまった『雨に唄えば』の話である。

 第3話の序盤、秀明とともにホテルのベッドにいる時、布団の中に両足をすっと滑らせ押し込めるようにした木村多江のその動作は、人魚のそれにも見える。彼女が自分を「赤い蝋燭と人魚」の人魚であるかのように秀明に思わせるのは、彼女自身の日々の報われなさと現実逃避願望がそうさせているとともに、「モラハラ夫に虐げられる不遇で淋しい、満たされない人妻」という秀明が恐らく感じているだろう彼女の物語をさらにロマンチックに彩らせるためであると言える。

 そして、浮かれた秀明が自分で話した寝物語と同じように「雨に唄えば」の1フレーズ「I’m happy again」と入浴中に口ずさみ、一方の綾子は意図的に真弓のとなりで食器洗いをしながら「I’m happy again」と口ずさむことで、真弓に2人の関係を匂わせる。この「雨に唄えば」を巡る展開は、映画『時計じかけのオレンジ』のエピソードを借りた秘密の露呈であり、さらにはそれぞれの境遇に不満を抱き、ロマンチックな夢物語に逃げ込んだ、彼らの本音まで滲ませるのである。

 早くも秀明と綾子の関係は真弓の知るところなった。秀明は、綾子に仕掛けられた夢物語から抜け出すことができるのか。そして、「気分じゃないの」と夜の営みを拒否するという反乱を起こした妻・綾子に対して、人様の家庭を哀れむほどご満悦だった太郎にも危機が訪れる。佐藤家の前に立ちはだかる一枚岩の怪物のようだった茄子田家もまた、内側から揺らぎ始めている。

■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住の書店員。「映画芸術」などに寄稿。

■放送情報
金曜ドラマ『あなたには帰る家がある』
TBS系列にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:中谷美紀、玉木宏、ユースケ・サンタマリア、木村多江、駿河太郎、笛木優子、高橋メアリージュン、藤本敏史(FUJIWARA)、トリンドル玲奈
原作:山本文緒『あなたには帰る家がある』(角川文庫刊)
演出:平野俊一
脚本:大島里美
プロデューサー:高成麻畝子、大高さえ子
製作:ドリマックス・テレビジョン、TBS
(c)TBS
公式サイト:http://www.tbs.co.jp/anaie/

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