社会現象にまでなった『ブラックパンサー』は何が画期的だったのか? 背景にある社会状況から考察
アメリカを中心に、いままさに社会現象を巻き起こしているマーベル映画『ブラックパンサー』。ヒーロー単独のシリーズとしては、マーベルの看板ヒーロー『アイアンマン』シリーズを全て凌駕してトップに躍り出ると、さらに『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』や、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』などのヒーロー集結作品の興行収入を短期間で次々に追い抜き、マーベル映画歴代1位の『アベンジャーズ』すら射程に捉えている。最終的にどこまで記録が伸びるのか分からない状況だ。
主要キャストがアフリカ系俳優で占められる本作のような映画は、いままでハリウッドでは限定的な範囲に押し込められていた。近年ヒットした『ストレイト・アウタ・コンプトン』や『ゲット・アウト』、アカデミー賞作品賞に輝いた『ムーンライト』も、比較すると制作費や公開館数の規模は、本作と圧倒的に異なる。『ブラックパンサー』は、黒人スターの映画が、ついに超大作として爆発的成功を果たした記念碑的存在になったのだ。推定される制作費も約200億円と、マーベルヒーロー単独作品としてのほぼ上限(『アイアンマン3』と同等)に達しているが、この結果を見れば大英断だったといえるだろう。
一体、何がこの作品を社会現象にまで押し上げたのか。そして、このヒーロー作品の何が画期的だったのか。ここでは、本作『ブラックパンサー』の背景にある社会状況を解説しながら、内容を考察していきたい。
物語の主な舞台は、アフリカの架空の王国・ワカンダである。その中心地は、埋蔵されている万能的な鉱石・ヴィブラニウムによって、世界のなかでも圧倒的な文明都市に発展していたが、国民の身の安全やヴィブラニウムの守護を目的に、都市の存在は極秘とされてきた。王として自国の平和を守ってきた父の死去により、本作の主人公となる息子のティ・チャラ(チャドウィック・ボーズマン)が、後を継ぎワカンダ国王に即位し、ヴィブラニウムを使用したハイテク武器や鋭利な爪、スーツ、超人的な力を与えてくれるハーブなどを駆使したヒーロー“ブラックパンサー”として悪と戦う。
アフリカ大陸には、近代的な統治機構や、ヨーロッパに先駆けてインドと交易を行うなど、歴史的に豊かな文明が複数存在していたことは知られている。本作で紹介される、アフリカ各国の伝統的な仮面は、マーベルの覆面ヒーローの起源のようにも見えて面白い。アメリカに連行されたアフリカ人たちは、そんな祖国のアイデンティティーと切り離され、自由や誇りを奪われた奴隷となったのだ。
アメリカの黒人解放指導者マルコム・Xや、その思想に共鳴した伝説的ボクサー、モハメド・アリは、「ブラック・ムスリム運動」によりイスラム教に改宗した。それは支配者である白人からもたらされた信仰であるキリスト教を拒否し、それ以前にアフリカの一部に浸透していたイスラム教を信じることで、自分たちのルーツへと回帰しようという意図があったためである。本作に登場するワカンダ王国は、アフリカ系アメリカ人にとってのルーツへの憧れや、手に入れて然るべき文明の象徴として描かれる。
ヒットの原動力となった一つに、アフリカ系アメリカ人の間でのムーヴメントがある。アフリカの誇りを取り戻す、いままでにないヒーローの描き方にいち早く反応し、ただ映画を楽しむだけでなく、できるだけ多くの人にこの熱気を広めようと、SNSなどでかつてない盛り上がりを見せたのだ。さらに、ルピタ・ニョンゴ演じる王国のスパイや、最強の戦士役のダナイ・グリラ、レティーシャ・ライトが演じる天才科学者など、活躍する女性キャラクターも、自立した存在として描かれ、ワカンダの理想化された未来的社会の価値を高める。その反面、村を襲撃して子どもを誘拐する武装勢力の姿が描かれるのは、けしてユートピアではない、現実のアフリカ社会の実情を映し出してもいる。