日本のアニメーションが失ったシンプルさと壮大さ 『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』が描く冒険世界

小野寺系の『KUBO/クボ』評

 アメリカの娯楽作品が日本の文化を描くとき、どうしても表面的に目立つ部分をショーアップし、異文化だということを強調しがちだが、ここではそうではなく、日本の文化の深いところに潜り込み、それを自分の表現のなかに組み込んでいるように思える。本作のアメリカでの興行収入は、じつはライカ作品の中ではあまり振るわなかったのだが、本作の最大の特徴である「わび・さび」の美意識をより理解し、より正当に評価できるのは日本の観客だろうと思う。本作を観た日本の観客の一部が、SNSや口コミで、周囲に猛プッシュしているのを目にするが、その気持ちは非常によく分かる。

 本作の監督は、ライカ作品でリードアニメーターを務め、同社のCEO(最高経営責任者)でもあるトラヴィス・ナイトである。彼の父親は、スポーツ用品の世界的ブランド「ナイキ」の創業者フィル・ナイトだ。トラヴィスが働いていたアニメ制作会社が倒産の危機にあるとき、父親がこの会社を買い取って社名変更し、「ライカ」が出来上がったという。トラヴィスはアニメ界のおぼっちゃまくんと呼んでも過言ではないのだ。

 フィル・ナイトは若い頃、神戸でオニツカ社(現・アシックス)の運動靴「オニツカタイガー」に出会い、その高い品質と安さに目をつけ販売権を手に入れ、アメリカでオニツカタイガーを販売していた。そういう日本とのつながりもあって、息子のトラヴィスは少年時代に父親に連れられ日本に来たという。そこで日本の様々な文化に魅了され、その後何度も日本を訪れたというトラヴィスは、日本のサムライが大好きな、周囲の子どももたちとは、ちょっと違うところに興味を持った少年時代を過ごしたらしい。本作で親から「魔法の力」を授けられたクボの物語は、まさにトラヴィス・ナイト自身の物語だといえるだろう。

 主人公の少年の「クボ」という名前(ファーストネーム)自体は、本作スタッフの日本の友人の名前であるらしい。「いや、それって久保っていう苗字じゃないの?」とも思ってしまうが、伊達政宗と柳生十兵衛をイメージしたという眼帯をしたクボの造形、またクロサワ映画の三船敏郎をイメージしたという、「クワガタ」という鎧武者とともに旅をするという設定は、少年時代の夢を叶えるようなワクワク感にあふれていて素晴らしい。また、ビートルズの楽曲をエンディングテーマとして使用したのは、個人的な家族の思い出に関わるのだと監督は語っている(「クワガタ」は英語で「ビートル」であり、ナイキはビートルズの楽曲を使ったCMによって、より成長したという事実もある)。親がいるから自分がいる。本作はいろんな意味で、家族のための映画になっているのだ。

 監督は「宮崎駿に影響を受けた」と述べているが、むしろ本作から感じるのは、『わんぱく王子の大蛇退治』や『太陽の王子 ホルスの大冒険』のような、宮崎駿が在籍していた東映動画(現・東映アニメーション)のアニメ映画における、よりシンプルな冒険活劇の雰囲気だ。東映動画発足当時、「東洋のウォルト・ディズニーになる」という理念があったように、そこで作られた数々のアニメーション大作は、スタジオジブリの歴代作品すら超えるスケール感を持っていた。本作が描く冒険世界は、いまの日本のアニメーションから失われてしまった、そのシンプルさと壮大さを受け継いでいるように感じるのである。

 『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』は、大人も子どもも、ぜひ劇場に足を運んでもらい、本来の冒険活劇の興奮と、複雑な情感表現、そしてアニメーションにかけるスタッフたちの情熱を大画面で感じてもらいたい作品である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』
新宿バルト9ほかにて公開中
監督:トラヴィス・ナイト
声の出演:アート・パーキンソン、シャーリーズ・セロン、マシュー・マコノヒー、ルーニー・マーラ、レイフ・ファインズ
字幕翻訳:石田泰子
原題:「Kubo and the two strings」/2016/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1chデジタル
(c)2016 TWO STRINGS, LLC. All Rights Reserved.
公式サイト:http://gaga.ne.jp/kubo

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