白石和彌監督『彼女がその名を知らない鳥たち』の“鳥”が意味するものーー驚くべき二面性を読む
原作の終盤には、陣治が「小鳥でも逃がすようにそっと(十和子の)指をほどく」といった描写がある。「小鳥」という符牒によって強調されるのは、「親鳥」としての陣治の姿である。カラスに似た黒崎と水島。そして、親鳥のような陣治。おそらく陣治、黒崎、水島の3人の男たちを体現しているのであろうラストに映る3匹の鳥は、次のショットでひとたび無数の鳥になる。なぜなら愛とは、無数の感情の総和だからである。陣治と十和子を引き離すことをしなかった蝶番の正体である。愛とは慈しみであり憎しみでもあり、快さであり不快でもあり、幸福であると同時に不幸であることでもある。
そしてこの無数の鳥の飛翔の瞬間は、落下してゆく幾つかのものをただ見下げていた十和子が、遥か上方を仰ぐ瞬間である。それはまさに親鳥から与えられた餌で身体を肥やし、愛を覚えはじめたばかりの雛鳥の姿と重なり合う。泣いているようにも、鳴いているようにも見える。
陣治がまさに“身を挺して”掲げたものが愛でないのだとしたら、そうでないのなら、もう他の何も愛ではないのだ、と告げるかの如く鳥たちは飛び立っていく。そんな鳥たちの行方を、私たちは夢想し続けるほかない。
■児玉美月
現在、大学院修士課程で主にジェンダー映画を研究中。
好きな監督はグザヴィエ・ドラン、ペドロ・アルモドバル、フランソワ・オゾンなど。Twitter
■公開情報
『彼女がその名を知らない鳥たち』
10月28日(土)全国ロードショー
原作:『彼女がその名を知らない鳥たち』沼田まほかる著(幻冬舎文庫・刊)
主演:蒼井優、阿部サダヲ、松坂桃李、村川絵梨、赤堀雅秋、赤澤ムック、中嶋しゅう、竹野内豊
監督:白石和彌
制作:C&I
配給:クロックワークス
(c)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会
公式サイト:http://kanotori.com/