『Fate』シリーズ、大ヒットの衝撃 10年以上支持され続ける背景とは
名台詞をカットしてまで新シーンを追加した意図
映画というのは、省略の芸術だ。何を見せるのかと同等に、何を見せないかの選択は重要だ。2時間で見せられるものは限られるがゆえに、描かれない部分に対して、観客の想像力をどこまで刺激できるかで、作品の豊かさが決まる。ときには映画は観客の予備知識を信頼し、逐一説明しないこともある。余計な説明を省ければ描けるものはそれだけ増えるので、省略とは、作り手が観客の知識や想像力をどこまで信頼しているかのバロメーターでもある。
例えば、今年公開された時代劇映画『関ヶ原』では、一部では歴史の知識がないとわかりにくいという声があったが、確かに西軍・東軍の勢力分布や進軍図などについての基礎情報を逐一説明してはいなかった。日本史最大のイベントであるこの合戦については、多くの日本人の大人であればそれなりに基礎知識を有しているはずだ、という前提であの映画は作られている。あの映画は明確に歴史を知っている大人をターゲットにした作品で、過剰な説明をしていないからこそ、膨大な原作小説に挑むことができた。
本作もまた観客への高い信頼を前提にしている。「Heaven’s Feel」は3つのルートで最もシナリオ量が多いエピソードだ。それを時間の限られる映画で描くのであれば、描かれるもの以上に、省略の仕方が重要になる。結論から言えば、本作は見事なシナリオ構成であり、基礎知識のある観客にとってはむしろ刺激的な省略だったろう。
最も大胆な点は、物語の導入部だ。『Fate/stay night』は主人公・衛宮士郎が、聖杯戦争という戦いに巻き込まれ、セイバーを偶然召喚することから始まる。その時セイバーが発する台詞「問おう。貴方が、私のマスターか」は本シリーズの代名詞となっている。
しかし、本作はこの代名詞の台詞を大胆にカットし、映画は物語が始まる数年前、士郎と本エピソードのヒロインとなる桜の出会いから始まる。『スター・ウォーズ』シリーズで例えれば、「May the Force be with you」の台詞をカットするようなものだろう。この導入エピソードがとても効いている。「Heaven’s Feel」は衛宮士郎とヒロイン桜の愛の物語でもある。『Fate/stay night』という物語は、士郎とセイバーが出会うことで動き出すが、士郎と桜の物語は、それよりもずっと前から始まっていたのだ。作り手の原作理解が深いことを示す見事な改変だった。
その名台詞だけではない、本映画は聖杯戦争についての詳細な説明も省いている。すでにFateファンであれば既知の情報は極力カットしている。再度語らずともこの映画を観る観客にとっては説明不要の事柄だと判断したのだろう。本作は明確にFateファンに向けて作られている。このシリーズの文脈を知らない観客には不親切に映るその構成は、ファンにとっては信頼の深さともなる。
細かな心理描写にもそうした姿勢は明白にあらわれていて、例えば桜が自身のリボンに触れるのはなぜなのか、おそらく原作を知らねば思い当たらないだろうが、知っているファンからすれば、そのさりげない描写に複雑な感情を刺激してくれるからこそ、豊かな観賞体験となる。非常に入り組んだ複雑な事情を抱えた物語なので、もっと説明台詞が多くなるかと思っていたが、むしろ静寂を際立たせて、わずかなほころびで崩れ落ちそうな雰囲気が立ち込めていた。出来得る限り映像で語ろうとする、映画的な姿勢がとても強い。
そんな狭い文脈をあてにして興行が成り立つのかと訝しむ人もいるかもしれない。だが、そういう作りで大ヒットしているのが事実なのだ。13年かけてファン層を拡大し続けた成果だろう。
原作理解の深い須藤監督は、この稀有な物語をおよそ考えうるかぎりの高レベルで映像化してみせた。2章と3章も、忠実に悲壮な原作を映像化してくれるだろう。
■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。
■公開情報
『劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] I.presage flower』
全国公開中
原作:奈須きのこ/TYPE-MOON
キャラクター原案:武内崇
監督:須藤友徳
キャラクターデザイン:須藤友徳、碇谷敦、田畑壽之
脚本:桧山彬(ufotable)
美術監督:衛藤功二
撮影監督:寺尾優一
3D監督:西脇一樹
色彩設計:松岡美佳
編集:神野学
音楽:梶浦由記
制作プロデューサー:近藤光
アニメーション制作:ufotable
配給:アニプレックス
(c)TYPE-MOON・ufotable・FSNPC
公式サイト:http://www.fate-sn.com/