志磨遼平の『夜明け告げるルーのうた』評:無垢な“好き”を描き切る、アニメならではの感動作

志磨遼平の『夜明け告げるルーのうた』評

イノセンスな「好き」の意味

 湯浅監督は今作のテーマを、同調圧力が蔓延する現代において「心から好きなものを、口に出して『好き』と言えているか?」と語っています。ともすれば閉塞的になりがちな地方都市が物語の舞台で、僕自身も地方出身ですし、主人公たちの環境はよく理解できます。

 ただ、主人公たちは中学生で、社会の厳しさだとか大きな挫折を味わうにはまだ早い。自分たちの趣味や、淡い恋心など、社会に出る前段階での内面的な苦悩と格闘していて、その中で「好き」という感情をちゃんと表現することの難しさ。あくまで独善的で、だからこそ純粋な「好き」という瑞々しい言葉の響きが、主題として何度も繰り返されます。主人公の友人となる遊歩ちゃんと国夫くんは、てらいなく自分の感情を表現できるタイプで、カイ君とは真逆です。

 そして、今作のタイトルにもなっている人魚のルー。彼女はさらに純真無垢な存在として描かれています。カイ君に教えてもらって彼女が知る「好き」の概念は、男女間における「好き」も、親子間における「好き」も、海や土地そのものへの愛着も、すべてを内包している。人間とは似て非なる生き物だから、ひとつも悪びれることなく、恥ずかしがることもなく、すべてのものに「好きー!」と叫ぶ。はじめにお話ししたように、このテンションを描けるのはやはりアニメだからこそだと思います。人魚と少年の、恋愛と呼ぶにはあまりにあどけない関係。実写ではなかなか演じることの難しい関係性です。

『崖の上のポニョ』との違い

 本作におけるもうひとつの大きなモチーフが「海」です。昨年僕が出演した映画『溺れるナイフ』もそうでしたけれど、海は “母なる自然” の象徴であるとともに、黄泉の世界への入り口というか、この世とあの世の境目というような、神秘的な領域として描かれていて、ルーはその使いのようなイメージです。日本人的な死生観や宗教観が反映された設定といって良いでしょう。カイが海に落としたスマートフォンをルーが届けてくれるのも、現代版のおとぎ話のようで、ますます神話的です。

 実際、海の中のシーンでは湯浅監督のタッチはとても大胆に線が歪み、この世ならざるサイケデリックな光景が繰り広げられます。湯浅監督は『ちびまる子ちゃん』のオープニングなどもそうでしたが、精神世界をビジュアル化するのがとても上手で、今作でもその技法は健在です。ネタバレになるので詳述はしませんが、最後はすべて「水に流す」のも、日本人的な美意識の表れなのかもしれません。

 そんな世界観の中で語られる、登場人物たちのセリフはどれも寓話的なメッセージに富んでいて、たとえば、国夫くんが町内放送をするときの「あせるな、ゆっくり途切れ途切れだ」というアドバイスは、そのまま彼らの成長にも置き換えられますし、カイ君を諭すお父さんの「思った通りにやっていいんだよ」というセリフであるとか、子供にも大人にもポジティブに響くメッセージがところどころに散りばめられています。

 最後に、誰もが連想するであろう『崖の上のポニョ』(2008年)との類似性も指摘しておきたいと思います。ルーのキャラクターや設定はどうしてもポニョを連想させますし、なにより、海が黄泉の国のメタファーとして描かれている点などとても似通っていますが、どちらかというと『崖の上のポニョ』の方がより示唆的で、尾を引くような不気味さがあったと(笑)、個人的には思います。あれは子供向けの娯楽映画ではなかったですよね。宮崎駿監督に関しては、もう確信犯だと思うんですけど。対する『夜明け告げるルーのうた』はもっとシンプルで、主題歌の歌詞の通り「ハッピーエンド」を描いたものです。観ていてとてもポジティブな気持ちになれる。それはもしかしたら、湯浅監督が初のオリジナル監督作にのぞんだ心境そのものなのかもしれません。

(取材・構成=松田広宣)

■志磨遼平
毛皮のマリーズのボーカルとして2011年まで活動。翌2012年1月1日にドレスコーズ結成。シングル「Trash」(映画「苦役列車」主題歌)でデビュー。2014年9月リリースの「Hippies E.P.」をもって志磨遼平のソロプロジェクトとなる。最新作は2017年3月リリースの5th Album「平凡」。

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■公開情報
『夜明け告げるルーのうた』
5月19日(金)全国ロードショー
出演:谷花音、下田翔大、篠原信一、柄本明、斉藤壮馬、寿美菜子、大悟(千鳥)、ノブ(千鳥)
監督:湯浅政明
脚本:吉田玲子 湯浅政明
音楽:村松崇継
主題歌:「歌うたいのバラッド」斉藤和義(SPEEDSTAR RECORDS)
キャラクターデザイン原案:ねむようこ
キャラクターデザイン/作画監督:伊東伸高
美術監督:大野広司
フラッシュアニメーション:アベル・ゴンゴラ ホアンマヌエル・ラグナ
撮影監督:バテイスト・ペロン
劇中曲・編曲:櫻井真一
音響監督:木村絵理子
制作プロデューサー:チェ・ウニョン
アニメーション制作:サイエンスSARU
製作:清水賢治 大田圭二 湯浅政明 荒井昭博
チーフプロデューサー:山本幸治
プロデューサー:岡安由夏 伊藤隼之介
企画協力:ツインエンジン
制作:フジテレビジョン 東宝 サイエンスSARU BSフジ
配給:東宝映像事業部
(c)2017ルー製作委員会
公式サイト:http://lunouta.com/

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