荻野洋一の『ジャッキー』評:女性の一代記にせず、“倒錯の儀式”を描いた潔さ

荻野洋一の『ジャッキー』評

 愛する夫(いや、夫を男性として愛していたかどうかですら、もはや大した問題ではない)の死に際し、ヒロインが果たすべき使命は、悲しみと絶望のスペクタクル化とでも呼ぶべき倒錯の儀式である。この儀式こそ、まさに王朝創出の夢の総仕上げでなければならない。ホワイトハウスから葬儀会場となるセント・マシューズ教会までの数百メートルの距離を、典雅な騎兵や馬、馬車、砲車などに先導されたジャッキーと2人の子ども(そのうちひとりは昨年末まで在日本アメリカ大使をつとめたキャロライン・ケネディである)が、フランスのド・ゴール大統領、日本の池田首相など各国要人をぞろぞろと従えて、徒歩で行進した。第2の狙撃事件が起こりえないとも限らないその無謀な行進によって、ケネディの死はこれ以上ないほど壮麗な儀式と共に伝説と化した。ジャッキーは夫の死を期せずして逆手に取るような格好で、王朝の栄光を完成に導いたのである。

 この壮麗かつ倒錯的な儀式を映像にしていくパブロ・ララインたちの手つきはそっけなく、あまりにも潔い。この映画をもっと強力な感動装置にしたかったら、ジャクリーン・ケネディという女性の一代記にすべきだっただろう。夫の死の悲しみを乗り越えて、子どもたちを育てる女/ギリシャの海運王オナシスとの再婚/パリでの豪華な再婚生活/オナシス死後、NYに戻って編集者に転身し、1980年代にはマイケル・ジャクソンの自伝本を作ったこと。——ネタには事欠かない。それらを一代記として描けば、アカデミー賞確実な感動実話のイッチョ上がりだ。しかしそういう誘惑を絶ち切り、壮麗かつ倒錯的な王朝創出、儀式への執着だけに絞りこんだ潔さにこそ、本作の真骨頂がある。

■荻野洋一
番組等映像作品の構成・演出業、映画評論家。WOWOW『リーガ・エスパニョーラ』の演出ほか、テレビ番組等を多数手がける。また、雑誌「NOBODY」「boidマガジン」「キネマ旬報」「映画芸術」「エスクァイア」「スタジオボイス」等に映画評論を寄稿。元「カイエ・デュ・シネマ・ジャポン」編集委員。1996年から2014年まで横浜国立大学で「映像論」講義を受け持った。現在、日本映画プロフェッショナル大賞の選考委員もつとめる。

■公開情報
『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
出演:ナタリー・ポートマン、ピーター・サースガード、グレタ・ガーウィグ、ビリー・クラダップ、ジョン・ハート
監督:パブロ・ラライン
脚本:ノア・オッペンハイム
製作:ダーレン・アロノフスキー ほか
配給:キノフィルムズ
原題:JACKIE/2016年/アメリカ・チリ・フランス/ヨーロピアンビスタ(1.66:1)/5.1ch/英語
(c)2016 Jackie Productions Limited
公式サイト:http://jackie-movie.jp/

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