松江哲明の“いま語りたい”一本 第12回
松江哲明の『ヒッチコック/トリュフォー』評:ヒッチコック映画の魅力伝える“友情物語”
映画を語ることの楽しさ
ヒッチコックとトリュフォー、二人の関係性も重要なポイントです。今でこそ誰もがヒッチコックを“巨匠”としてみていますが、当時は“大衆作家”と語られていました。ヒッチコックの作家性と芸術性を世に知らしめたのがヌーヴェル・ヴァーグの旗手だったフランソワ・トリュフォーです。トリュフォーからのインタビュー依頼の手紙を読んで、感涙してしまうヒッチコックの気持ち、そして自分の尊敬する監督のすごさを世に知らしめたいというトリュフォーの気持ち、二人の気持ちがすごくよく分かります。
結局のところ、映画監督の悩みは、映画監督にしか分からないんです。映画監督ってエゴが強くて独裁的な人と思われがちですけど、誰よりも孤独なんです。撮影や照明の方々が自分の仕事に不満があったとしても、それを監督がOKしたのなら、それはOKになります。でも、監督にOKを出してくれる人はいない。最終的な判断と責任を取るのは監督ですから。
この映画を観ていて嬉しくなるのは、監督の孤独ってみんな一緒なんだなというのがよく分かることなんです。多かれ少なかれ、時代が変わっても、映画監督の悩みってみんな一緒なんだと。だから、最近の山下(敦弘)君と共同監督として仕事ができるのは僕にとっては精神的にずいぶん楽なんです。来年1月6日から放送される『山田孝之のカンヌ映画祭』なんて一人じゃできない企画ですよ(笑)。山下君がいるおかげで、どれだけ無茶できていることか。
それにしても改めてヒッチコック映画の映像を観てみると、昨今の“物語”ありきの映画との違いが明白ですね。ハリウッドでも、日本でも、ヒットする映画のほとんどが、いかにクライマックスシーンをたくさん入れることができるかどうかに執着しているものばかりです。僕は映画にとって大事なのは、シナリオよりも描写だと思うんです。勿論、シナリオの重要性を否定するわけではありませんが、物語に寄り過ぎてしまうシナリオは、小説とどう違うのと思ってしまう。映画で大事なのはどういう“時間”が流れているか。時間はシナリオで描けないですから。どんな考えでそのカットが撮られたか、観客の意識に向けてどんな工夫をしたのか、ひとつひとつのカットの積み重ねが編集によって映画となっていく。ヒッチコックの映画は、映画を“観る”楽しさを改めて浮かび上がらせてくれますね。
ヒッチコックもトリュフォーも、コメントを寄せる現役の監督たちも、映画を語ることが好きで好きでしょうがないのがよく伝わります。映画監督ってやっぱり映画を語るのが好きなんですよ。本作を通して、映画の魅力、映画を観る楽しさ、映画を語る楽しさ、それが何年経っても変わらないことなんだと強く思えました。だから、作り手である僕も、それを信じて映画を作り続けていきたいなと思います。
(取材・構成=石井達也)
■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。2017年1月6日より『山田孝之のカンヌ映画祭』がテレビ東京・テレビ大阪(毎週金曜 深0:52~1:23)にて放送予定。
■公開情報
『ヒッチコック/トリュフォー』
全国順次公開中
監督:ケント・ジョーンズ
脚本:ケント・ジョーンズ、セルジュ・トゥビアナ
出演:マーティン・スコセッシ、デビッド・フィンチャー、アルノー・デプレシャン、黒沢清、ウェス・アンダーソン、ジェームズ・グレイ、オリヴィエ・アサイヤス、リチャード・リンクレイター、ピーター・ボグダノヴィッチ、ポール・シュレイダー
提供:ギャガ、ロングライド
配給:ロングライド
(c)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:hitchcocktruffaut-movie.com