イーストウッドは“重厚な余白”をどう作ったか? 松江哲明が語る『ハドソン川の奇跡』

イーストウッドは“重厚な余白”をどう作ったか? 松江哲明が語る『ハドソン川の奇跡』

無名のキャストも輝かせる、イーストウッドの手腕

 そういう意味で言うと、イーストウッドの作品は、どのシーンもテンションが一定です。だからトム・ハンクスのようなスターも、無名のキャストも、フレームの中に入ったらすべてが“生きている”人として輝いて見える。名も無きニューヨークの人々も、重要なキャストになっています。たとえば、サリー機長がテレビ出演することになった際に出てきた、メイク係の女性。彼女はサリー機長のことを英雄だと讃え、「うちの母は独身なんですよ」と言ってキスをします。彼女はこのシーンにしか出てこないんだけど、グッとくるものがありました。彼女の一言で、母親がどんな気持ちであの飛行機事故を見ていたのか、サリー機長と会う娘に母はどんな言葉をかけたのか、彼女の家族にはどんな背景があるのか、一瞬で想像できる。

 また、サリー機長が滞在するホテルの女性従業員が「ホテル総出であなたをお守りするので、何でも言って下さい」と声をかけるシーンもよかった。機長は「このクリーニングをお願いします」と返すんだけど、それに対して女性は「そんなことならいくらでもやりますよ」と言って機長に抱きつくんです。このシーンには、つい涙腺が緩んでしまいました。イーストウッド映画にはただの“背景”となっている人物がいなくて、それだけで感動させられてしまいます。

 イーストウッドが描く主人公は、自分の“正義”を掲げることで孤立しています。この“正義”は、先述したようにアメリカの理念であり、主人公はアメリカ人の理想像です。それが時代によって、『ダーティー・ハリー』『センチメンタル・アドベンチャー』『グラン・トリノ』『アメリカン・スナイパー』と変わってきました。扱うテーマやカラーはそれぞれですが、イーストウッドはその時代ごとに、主人公に“アメリカ”を託してきたんです。そして、彼らの孤独に寄り添うのは、いつだって同時代に生きている市井のアメリカ人でした。主人公と人々の関係性の描き方は、本当に素敵です。

 『ハドソン川の奇跡』は、そんなイーストウッドの作品群の中でも、いい意味でサラッとしているのが素晴らしいと思います。まるで書の達人が最後の“点”をさりげなく打つ感じというか。大仰なことはしていないんだけど、クリント・イーストウッドの映画作りの精神と、伝えるべき物語のテーマが合致した傑作といえるでしょう。

(取材・構成=松田広宣)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。

■公開情報
『ハドソン川の奇跡』
全国公開中
監督:クリント・イーストウッド
出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー
配給:ワーナー・ブラザース映画
(c)2016 Warner Bros. All Rights Reserved
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/hudson-kiseki/

■書籍情報
『機長、究極の決断「ハドソン川」の奇跡』
発売中
著者:C.サレンバーガー
刊行:静山社文庫

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