松江哲明の『将軍様、あなたのために映画を撮ります』評:映画好きだった金正日の怖さとおかしみ

松江哲明の『将軍様〜』評

人間のおかしみが滲み出た、忘れられない作品

 申監督は脱北後、アメリカに行って『クロオビキッズ』という映画を作るんですけれど、『ベスト・キッド』のお子様版みたいな作品だし、その後、韓国に帰国しても監督ができず決して恵まれた晩年だったとは言えないんです。また、金正日は北朝鮮版の『タイタニック』を作るんですけれど、それは結局、朝鮮以外では公開されませんでした。皮肉な話ですよね。

 この滑稽さ、人間のおかしみが滲み出てくる感じは、先述したようにどこか突き放した視点があるからですよね。ドキュメンタリーの素材を使ったサスペンス映画であり、どこかユーモアを感じさせる作風は、言ってみれば、かつて放送されていた『驚きももの木20世紀』や『知ってるつもり?!』の面白さに近いものがあるかもしれません。再現映像も使われるのですが、それも覗き見しているような感じで、決して「こんなに大変なことがあったんだ」という風に、あえてドラマティックには描こうとしません。適度な距離感があって、観ていて緊張感がキープされているんです。だから、歴史物だからといって構えて観る必要はないと思います。

 今年の映画の中には、もっと完成度の高い作品や、感動的な作品がたくさんあるけれど、個人的にはこの『将軍様、あなたのために映画を撮ります』は上位に入りそうです。誰もが認める傑作ではないかもしれないけれど、ある人々にとっては一生忘れられない作品で、予想の斜め上をいく面白さがあります。シネコンではやらない、珍しいタイプの作品なので、ぜひ話題になって欲しいですね。こういう映画がきちんと上映されてこそ興業の幅が広がりますから。

(取材・構成=松田広宣)

■松江哲明
1977年、東京生まれの“ドキュメンタリー監督”。99年、日本映画学校卒業制作として監督した『あんにょんキムチ』が文化庁優秀映画賞などを受賞。その後、『童貞。をプロデュース』『あんにょん由美香』など話題作を次々と発表。ミュージシャン前野健太を撮影した2作品『ライブテープ』『トーキョードリフター』や高次脳機能障害を負ったディジュリドゥ奏者、GOMAを描いたドキュメンタリー映画『フラッシュバックメモリーズ3D』も高い評価を得る。2015年にはテレビ東京系ドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』の監督を山下敦弘とともに務める。

■公開情報
『将軍様、あなたのために映画を撮ります』
公開中
監督:ロス・アダム、ロバート・カンナン
出演:崔銀姫、申相玉、金正日
上映時間:97分
製作国:イギリス
配給:彩プロ

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