タイピストとなった常子が見た現実ーー『とと姉ちゃん』八週目は新たな幕開けに

 登場人物がみんな仲良くなってしまったせいで、ドラマ的な対立が描けなくなっている深川の人間関係に対して、鳥巣商事の人間関係は不穏で、これからの盛り上がりが期待できる。紆余曲折の末、なんとか就職した常子だったが、清書室の責任者である早乙女朱美(真野恵里菜)から仕事を回してもらえないまま、数日が過ぎてしまう。おそらく、仕事を回さなかったのは、実技試験が廃止された年の面接で合格した常子のタイピストとしての力量を疑っているからだろう。その意味で、タイピストの技能を軽視する会社に対する無言の抗議にも見える。実際、最後に常子がタイプする場面のたどたどしさと素早くタイプする女子社員を較べると実力は雲泥の差で、今後大変なことになるんだろうなぁと心配になってくる。

 常子の務める鳥巣商事には男尊女卑の空気が当たり前のものとして漂っている。常子が上司に合格理由を聞くと、「今年は不作だったからね。いつもはもう少しかわいい女の子が多いんだけどね。その中でも君がまぁまぁかわいかったから」と、身も蓋もないことを言われてしまう。先週、平塚らいてうの「青鞜」の言葉を引用して女性が自立することの素晴らしさを高々と訴えただけに、現実とのギャップは、見ている側に重くのしかかる。

 無論、これは女学校時代から暗に描かれていたことだ。ほとんどの学生が卒業とともに結婚し、就職しても男性の給料の半分しかもらえない。常子よりも成績が優秀だった中田綾(阿部純子)が、親の決めた医大生と結婚することも、常子が直面する社会の矛盾とつながっている。

 その一方で印象に残るのが、星野武蔵(坂口健太郎)の弟が兵隊に行ったという話だ。星野自体も大学院に進学して研究を続けたいが、就職して親を助けるべきか悩んでいる。じわじわとだが、戦争の影が確実に近づいているのだ。兵隊に行った弟に対して「それは……おめでとうございます」と言う常子に対して「ありがとうございます」と星野が口にする場面は、当時の空気がよくわかるやりとりである。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

■番組情報
『とと姉ちゃん』
平成28年4月4日(月)〜10月1日(土)全156回(予定)
【NHK総合】(月〜土)午前8時〜8時15分
[再]午後0時45分〜1時ほか
公式サイト:http://www.nhk.or.jp/totone-chan/

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