韓国ノワールはなぜ匂い立つほどリアルなのか? 菊地成孔が『無頼漢 渇いた罪』を解説

菊地成孔『無頼漢 渇いた罪』を解説

もし「日本ノワール」のリアリティを追求するとしたら?

 日本で、ノワールもので、リアルさを表現するとしたら、渋谷〜六本木を仕切っている人と、渋谷で遊んでいる人たちとの対比を描くしか無い。歌舞伎町はテーマパークですから。

 でも、「渋谷がロスみたいに映ってるリアルなJノワール」なんて作れないし、作ってほしくもないですよね。アンチクールジャパンの動きはいっぱいあるけど、「渋谷の任侠映画」は洒落にないならないでしょう。そもそも取材が出来ない。

 『無頼漢』は、善くも悪くも全部リアルで、画面の立ち上げから、リアルさに誘導され切ってるから、もう。刑事が張り込みで、ちょっとコンビニまで行って変な弁当を買って食うとか、月9のドラマでやられたりしたらどうでもいいようなシーンが(リアルじゃない世界に、リアルっぽいシーンを突っ込む悲劇)、ものすごく匂いたつような感じで迫って来るし、すべてのシーンにおいて、1秒も緩みがないんです。

俳優がプライヴェートに見えない盤石さ

 主人公だけでなく、チンピラから親分まで登場人物達は全員大変リアルで、それでいて1番悪いやつは姿を現さないというところもリアルです。韓国ドラマを何本か観て韓国が好きな人だったら、知らない出演者はいないですよ。例えば、情報屋で出演している卑屈なヤツは、テレビドラマに年中出ている人です。日本でいえば、一時期の竹中直人さんくらい出演しています。

 でも、知らない人が観たら、嫌な情報屋にしか見えないと思います。そういうリアリティがものスゴい。竹中直人さんが5、6本に越境して、全然違う役をやっても、竹中直人さんにしか見えないというケース(この呪縛から逃れる為、竹中サンはモビットのCM一本やりの、渥美清型を選択されているので、話が少々古いですが)の真逆をいっているというか。

 逆に、日本ではリアリティがあったらダメなんですよね。全部があの俳優さんということになっていて、半分舞台裏を見ながらテレビドラマを見ているようなところが、これまたジャパンクール。

 文句を言っているのではなくて、独特な文化の発達を遂げているんですよ。最初からメイキングとか舞台裏を見ながら、本編を見ているという感じですよね。

 韓国なんか、日本以上にメイキングを見せるし、アイドルのリアリティショーとかいっぱいあるんです。舞台裏を見せまくり。でも、本編を見ている間は、舞台裏のことを絶対感じさせてはいけないという倫理が働いている。

唯一のフェイク

 日韓の文化対比の話が長くなったので『無頼漢』に戻しますが、一カ所だけフェイクだな、って思ったのが、さっきの「セックス後に寝ている2人を刑事が起こす(女は起きない)。主人公は、正義と倫理の人なので、犯人の足を撃たずにベランダから飛び降りさせることで、足を骨折させて、ミッションを半分だけ遂行しようとする。というシーンがあります。

 そんで、全裸で3階から飛び降りて、足を押さえてもんどりうっているので、てっきり骨折したのかと思ったんだけど、下に降りたらものすごく強くて(笑)、明らかにUFC型の擬闘で、まず立ち技で顔面を殴り合って、坐ったらチョークを決めるっていうのは逮捕術としても、ヤクザの喧嘩の仕方としてもどうかな?UFCの定着度が日本より遥かに高いのは知っているけど、、、、という感じでした。

 それでも、チョークを決められた主人公は、何とサミングで脱出するの(笑)、サミングは、指を相手の目や鼻の孔に突っ込むという、どの格闘技でも禁じられている、一番エグいスキルです。これを、刑事が犯人に行う。

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