菊地成孔の欧米休憩タイム〜アルファヴェットを使わない国々の映画批評〜 第2回(後編)
韓国ノワールはなぜ匂い立つほどリアルなのか? 菊地成孔が『無頼漢 渇いた罪』を解説
音楽ハンパないです
と、最後に、1番圧倒的にものすごいのが音楽。ハンパじゃないです。こんな映画っていったら失礼だけど、これくらいのストーリーだったら、適当な仕事で何とかなるんですよ。どよーんとした音楽と、愛のテーマみたいな音楽と、緊張感が高まるような音楽の3つを用意しておけば、一丁あがり。
この映画ではチョ・ヨンウクっていう人が音楽を担当しているんだけど。プレスには『オールド・ボーイ』『ラブストーリー』『親切なクムジャさん』などで「音楽が映画にどれだけ影響を与えることができるのかを証明した」と書いてあります。それくらい、このアンダースコアはすごくて。音楽家として申し上げますけど、2ステージくらい違うというか、フランス映画よりもスゴいと思います。
音楽のジャンルでいうと、ニュークラシックって言うんですが。芸大を卒業して、オーケストレーションができるからといって、テレビドラマ用にチャラくて簡単な分かりやすい曲を作るというのが、今までのオリジナルサウンドトラックの平均だったんです。それが最近はベートーベンなどのクラシックを勉強してきたような人たちが、惜しげもなく商業プロダクツにその能力を乗せてしまうと。例えば、渋谷慶一郎さんは現代音楽家だけど、初音ミクのオペラもやるというように、現代音楽のテーマが大きくポップな方向へ舵をとりだした。そういった現代音楽側の事情と、それをアダプトしようとしているテレビドラマや映画の事情がうまく合致したんです。
クラシック音楽の教育をしっかり受けた人が、クラシックの交響曲を書くのではなくて、かといってポップスの人の手伝いをするわけでもなくて、クラシックの作曲家として、ポピュラリティのある音楽を作るというのが、世界的にすごく流行してきています(この話に御興味が涌いた方は、『密会』というドラマを観てください。極点だから)。
そういう水準は、ブラジルとかアルメニアとかチェコだと、あたかもいそうじゃないですか。だけどそういう人が韓国にいるというイメージは、あまりないですよね。韓国の音楽はまだまだ大味でしょ、どうせ辛子とキムチでしょ(笑)って思われがちなんですけども、それがとんでもない話で。最初から響きがヤバくて、それもパリがヒーヒー言いながら喜んじゃうくらいで、ちゃんとヨーロッパ対応ができている。
と、今回は『木屋町 DARUMA』と『無頼漢 渇いた罪』という、日本と韓国の裏の世界を扱った映画をあえて対比してみようと思って選んでみました。Kムービーなんかどうせ暗いんだろと思わずに、皆さんにも2つの映画を並べて観て欲しいです。そうすると、日本という国と、韓国という国が、どれだけ違うのかということが、嫌というほど分かると思います。日本のヤクザ映画がカンヌに招待されるようなことは、まずないですから。『アウトレイジ』がトロント国際映画祭に出品されたのも、あれはトロントの町おこしですから(笑)。たいした権威はないですよ。
■公開情報
『無頼漢 渇いた罪』
シネマート新宿ほかにて公開中
出演:チョン・ドヨン、キム・ナムギル、クァク・ドウォン、パク・ソンウン
監督・脚本:オ・スンウク
音楽:チョ・ヨンウク
2015年/韓国/カラー/韓国語/119分
原題:무뢰한 英題:The Shameless
配給:ファインフィルムズ
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公式サイト:http://www.finefilms.co.jp/buraikan/