バイオレンスに徹したEXILE『HiGH&LOW』 ドラマ要素を切り詰めて獲得したものは?

 おそらく、ヤンキーモノ自体がかつてのヤクザ映画のような役割をはたしているのだろう。ナレーションと状況説明をあっさり済ませるとすぐに見せ場である抗争場面に画面をつないでいく極端な物語構成は深作欣二監督の映画『仁義なき戦い』シリーズを思わせる。

 見ていて面白いのは、こちらが考えているテレビドラマらしさをどんどんと覆してくれるところだ。普通、物語というものは一人の主人公がいて、その人を中心に展開していくのだが、2話まで見ても正直、誰が物語の中心なのかが、よくわからない。あえて言うならば山王連合会のコブラ(岩田剛典・EXILE/三代目J Soul Brothers)とヤマトなのだろうが、窪田正孝や林遣都といった主演級の俳優がライバルチームのボスとして登場することから考えて、全員を均等に描くのかもしれない。おそらく各キャラクターに物語があるという作りなのだろう。

 様々なジャンルを横断するメディアミックス的な作りや複数のキャラクターを並列的に描く展開は、漫画やアニメではかなり定番化しているが、EXILEというグループでそれを展開するというのが本作の面白いところだろう。今までにも漫画とアニメで展開した『エグザムライ』のような作品があったことから、HIROの中には、EXILEのメンバーのことを、漫画やアニメのキャラクターグッズのように売り出したいという狙いは当初からあったのかもしれない。

 今までのEXILEドラマに不満だったのは、彼らの武器であるダンスで鍛えた身体能力の高さを生かし切れていなかったからだ。それはつまりエロスとバイオレンスが足りなかった、ということだ。EXILEの俳優は、外見的にはアウトローの危険な匂いを漂わせながらも、演じる物語は、よくある人情ドラマばかりだったために、どこか本領を出し切れていない感じがしていた。

 それに対し『HiGH&LOW』は、ドラマパートが短く一話のうちに何回もビジュアル的な見せ場がある。そこに劇伴としてEXILEの歌が毎回かかるのだが、これがめちゃくちゃカッコよく、毎回30分のPVを観せられているような感じなのだ。

 つまり、今まで無理して展開していたドラマ要素を極限まで切り捨てた結果、EXILEドラマという新しい映像文体を獲得しつつあるのだ。おそらく物語は、楽しく仲間同士でつるんでいただけなのに、いつしか組織同士の抗争に発展して暴力の連鎖となり、とりかえしのつかないことが起きてしまう、というヤンキーモノの定型をなぞるのだろう。この物語を、どれだけPV的なカッコよさだけで突き進めるかが今後の課題だ。下手にドラマらしさなど意識せずに、このまま突っ走ってほしい。

■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

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