子供には見せられない地獄のファミリー・ムービー、『クーデター』が描く“極限の恐怖”
ハリウッド大作では味わえない突出した表現
本作の設定は、自身もふたりの娘を持つというドゥードル監督が、タイで旅行中に実際に起きた体験が基になっているという。2006年、強権的なタクシン・チナワット政権に不満を持ったタイの軍部が、タクシンが出国している間にクーデターを起こすという事件が起こった。タクシンは本国へ帰ることができなくなり亡命したが、その後も民衆が政府支持派と反政府派に分かれ、道路が封鎖されたり、通信手段がシャット・アウトされるなどの緊張状態が続いた。だがタイの国民の多くは、基本的に穏健であり、対立状態が激化しても、武力衝突を支持する声は少なかった。だから実際には、『クーデター』のような地獄の暴力世界が訪れることは考えにくい。ちなみに、タイ国内では、『クーデター』は当局によって上映を禁じられてしまったという。しかし、外国人としてタイに来た監督が、この緊張状態によって旅先で味わった不安と恐怖は、本物である。
ここで強調したいのは、そのような監督による不謹慎ともいえるアイディアと、本物の恐怖が、しっかりと本編に反映されているということである。それは、監督が作品を主権的にコントロールできていることを意味する。ハリウッド・メジャー作品では、大作であればあるほど、契約によって、監督の好きにできる範囲が狭まってしまう。プロデューサーや、その上の映画会社の幹部などが、ビジネス上のリスクを避けるため、合理的判断によって、突出した部分を変更することは多い。その結果、誰もがそこそこ楽しめる安全なものになるという利点が生まれる反面、当初の構想が持っていた斬新な部分が消され、よくある「フツーの映画」になってしまうのである。本作がそれを回避し得たのは、今回ドゥードル監督は、自分の設立した制作会社で、独立系の制作会社と協力しながら撮ることができたという事情があるだろう。ハリウッド商業作品では実現しにくい、その刺激的な内容は製作途中から話題を集め、結果としてアメリカでは、配給会社による本作の争奪戦が起きたという。公表されている制作費が推定約500万ドル(約6億円)と聞いて、驚く人もいるだろう。本作からはそのような資金難の不自由さを感じることはない。自身のプロダクションであるからこそ、節約したマネージメントができるのだろうし、現地ロケを中心とした撮影と、監督が低予算作品で培った作風が功を奏したといえるだろう。
この規模だからこそ、リスクを恐れず、やれる表現がある。逆にいえば、この規模だからこそ、大作映画には表現できない要素を持ち込み、魅力を作り出す必要があるのである。ハリウッド映画とは制作費において、ひとつ桁が違う日本映画が、世界の市場に挑戦しようとするとき、この作品の在り方は参考になるのではないだろうか。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『クーデター』
新宿バルト9ほか全国ロードショー中
出演:オーウェン・ウィルソン、レイク・ベル『ミリオンダラー・アーム』、スターリング・ジェリンズ『ワールド・ウォーZ』、クレア・ギア『インセプション』 and ピアース・ブロスナン
監督:ジョン・エリック・ドゥードル『デビル』
脚本:ドリュー・ドゥードル、ジョン・エリック・ドゥードル
原題:NO ESCAPE 字幕翻訳:種市譲二
2015年/アメリカ/カラー/5.1ch/ビスタサイズ/103分
配給:クロックワークス
提供:日活
協力:ワーナー・ブラザーズ・ホームエンターテイメント
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